文子 / 符言
老子曰:言者所以通己於人也,聞者所以通人於所也。既聞其聾,人道不通,故有聞聾之病者,莫知事通,豈獨形骸有闇聾哉!心並有之。塞也,莫知所通,此闇聾之類也。夫道之為宗也,有形者皆生焉,其為親也亦戚矣,饗穀食氣者皆壽焉,其為君也亦惠矣,諸智者學焉,其為師也亦明矣。人皆以無用害有用,故知不博而日不足,以博弈之日問道,聞見深矣,問與不問,猶闇聾之比於人也。
新字:老子曰:言者所以通己於人也,聞者所以通人於所也。既聞其聾,人道不通,故有聞聾之病者,莫知事通,豈独形骸有闇聾哉!心並有之。塞也,莫知所通,此闇聾之類也。夫道之為宗也,有形者皆生焉,其為親也亦戚矣,饗穀食気者皆寿焉,其為君也亦恵矣,諸智者学焉,其為師也亦明矣。人皆以無用害有用,故知不博而日不足,以博弈之日問道,聞見深矣,問与不問,猶闇聾之比於人也。
書き下し
老子曰く、言う者は己を人に通ずる所以なり、聞く者は人を所に通ずる所以なり。既に聞くに聾なれば、人道通ぜず。故に聞聾の病有る者は、事の通ずるを知る莫し。豈に独り形骸のみ闇聾有らんや、心も並びに之有り。塞がれば、通ずる所を知る莫し。此れ闇聾の類なり。夫れ道の宗為るや、形有る者皆焉に生ず。其の親為るや亦た戚し、穀を饗け気を食う者皆寿し。其の君為るや亦た恵し。諸々の智者学ぶ。其の師為るや亦た明らかなり。人皆無用を以て有用を害す、故に知博からずして日に足らず。博弈の日を以て道を問えば、聞見深からん。問うと問わざると、猶お闇聾の人に比するがごとし。
現代語訳
老子は言う。言うとは自分を人に通じさせるためのものであり、聞くとは人をこちらに通じさせるためのものである。すでに聞くことに聾であれば、人の道は通じない。だから聞くことに聾の病がある者は、事が通じることを知らない。耳目の身体だけが聞こえなくなるのだろうか。心にもそれがある。塞がれば、通じるところを知らない。これは耳が不自由なことと同類である。そもそも道が根源であるとき、形あるものはみなそこに生まれる。その親しさもまた近く、穀物を食べ気を養う者はみな長寿となる。その君としてもまた恵み深く、多くの智者がそこに学ぶ。その師としてもまた明らかである。人はみな無用なものによって有用なものを害し、そのため知識は広がらず日々に足りない。双六や碁に費やす日を道を問うことに充てれば、見聞は深まるだろう。問うても問わなくても、耳の不自由な者の様子と変わらない。
解説
この章句が説くこと
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