文子 / 符言
老子曰:古之存己者,樂德而忘賤,故名不動志,樂道而忘貧,故利不動心,是以謙而能樂,靜而能澹。以數筭之壽,憂天下之亂,猶憂河水之涸,泣而益之也,故不憂天下之亂,而樂其身治者,可與言道矣。
新字:老子曰:古之存己者,楽徳而忘賤,故名不動志,楽道而忘貧,故利不動心,是以謙而能楽,静而能澹。以数筭之寿,憂天下之乱,猶憂河水之涸,泣而益之也,故不憂天下之乱,而楽其身治者,可与言道矣。
書き下し
老子曰く、古の己を存する者は、徳を楽しみて賤を忘る、故に名も志を動かさず、道を楽しみて貧を忘る、故に利も心を動かさず。是を以て謙にして能く楽しみ、静にして能く澹し。数算の寿を以て天下の乱を憂うるは、猶お河水の涸るるを憂えて泣きて之を益すがごとし。故に天下の乱を憂えずして其の身の治を楽しむ者は、与に道を言う可し。
現代語訳
老子は言う。古に己を保った者は、徳を楽しんで身分の低さを忘れた、だから名誉も志を動かさず、道を楽しんで貧しさを忘れた、だから利も心を動かさない。それゆえへりくだって楽しめ、静かにして淡々としていられる。数えられるほどの寿命で天下の乱れを憂えるのは、黄河の水が涸れることを憂えて泣いて水を足そうとするようなものである。だから天下の乱れを憂えず、自分の身を治めることを楽しむ者とは、ともに道を語ることができる。
解説
徳と道を楽しむ人は、地位の低さも貧しさも気にならず、名や利にも心を動かされない、と述べる段です。後半の比喩が強烈で、限りある寿命で天下の乱れを憂えることを「河水の涸るるを憂えて泣きて之を益す」ことに重ねます。世の中のすべてに責任を負おうとするより、自分の身を治めることを楽しめ、という割り切りです。使命感の強い経営者や管理職は、自分の手に負えない範囲まで背負いがちです。自分が影響を及ぼせる範囲を見定め、その内側を丁寧に整えるという、肩の力を抜く視点を与えます。
この章句が説くこと
徳を楽しみて賤を忘る其の身の治を楽しむ者は河水の涸るるを憂えて泣きて之を益す楽しむ身を治む限度
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