文子 / 符言
老子曰:使信士分財,不如定分而探籌,何則?有心者之於平,不如無心者。使廉士守財,不如閉戶而全封,以為有欲者之於廉,不如無欲者也。人舉其疵則怨,鑑見其醜則自喜,人能接物而不與己,則免於累矣。
新字:老子曰:使信士分財,不如定分而探籌,何則?有心者之於平,不如無心者。使廉士守財,不如閉戸而全封,以為有欲者之於廉,不如無欲者也。人舉其疵則怨,鑑見其醜則自喜,人能接物而不与己,則免於累矣。
書き下し
老子曰く、信士をして財を分たしむるは、分を定めて籌を探るに如かず。何となれば、心有る者の平らかなるに於けるは、心無き者に如かざればなり。廉士をして財を守らしむるは、戸を閉じて封を全うするに如かず。以て欲有る者の廉なるに於けるは、欲無き者に如かずと為すなり。人其の疵を挙ぐれば則ち怨み、鑑其の醜を見せば則ち自ら喜ぶ。人能く物に接して己に与らざれば、則ち累いを免る。
現代語訳
老子は言う。誠実な人に財を分けさせるより、分け前を決めておいてくじを引かせるほうがよい。なぜか。意図のある者が公平であろうとするのは、意図のない者の公平さにかなわないからである。清廉な人に財を守らせるより、戸を閉めて封をしておくほうがよい。欲のある者の清廉さは、欲のないものの清廉さにかなわないと考えるからである。人は自分の欠点を指摘されれば怨むが、鏡が自分の醜さを映せば、みずから受け入れる。人が物に接して自分を関与させなければ、煩いを免れる。
解説
人に頼るより仕組みに任せるほうが公平になる、という指摘が具体的です。分配は、誠実な人の判断よりくじのほうが偏らず、保管は、清廉な人の自制よりも封印が確かだと言います。人を疑う話ではなく、「心有る者の平らかなる」より「心無き者」が公平だという、仕組みの価値を認める話です。最後の鏡の例も同じ発想で、指摘する人がいると感情が絡むが、鏡のような仕組みなら受け入れられる、という含みです。人事や会計の統制を人格の問題にせず、仕組みで担保する考え方に通じます。
この章句が説くこと
分を定めて籌を探るに如かず戸を閉じて封を全うするに如かず鑑其の醜を見せば則ち自ら喜ぶ仕組み公平統制
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