塩鉄論 / 刑德篇
大夫俛仰未應對。御史曰:「執法者國之轡銜、刑罰者國之維楫也。故轡銜不飭、雖王良不能以致遠、維楫不設、雖良工不能以絕水。韓子疾有國者不能明其法勢、御其臣下、富國強兵、以制敵禦難、惑於愚儒之文詞、以疑賢士之謀、舉浮淫之蠹、加之功實之上、而欲國之治、猶釋階而欲登高、無銜橛而御捍馬也。今刑法設備、而民猶犯之、況無法乎?其亂必也!」
新字:大夫俛仰未応対。御史曰:「執法者国之轡銜、刑罰者国之維楫也。故轡銜不飭、雖王良不能以致遠、維楫不設、雖良工不能以絶水。韓子疾有国者不能明其法勢、御其臣下、富国強兵、以制敵禦難、惑於愚儒之文詞、以疑賢士之謀、舉浮淫之蠹、加之功実之上、而欲国之治、猶釈階而欲登高、無銜橛而御捍馬也。今刑法設備、而民猶犯之、況無法乎?其乱必也!」
書き下し
大夫は俛仰して未だ應對せず。御史曰く、法を執る者は國の轡銜なり。刑罰は國の維楫なり。故に轡銜飭らずんば、王良と雖も以て遠きを致す能わず。維楫設けずんば、良工と雖も以て水を絕つ能わず。韓子は、國を有つ者の其の法勢を明らかにして其の臣下を御し、國を富ませ兵を強くし、以て敵を制し難を禦ぐこと能わず、愚儒の文詞に惑いて、以て賢士の謀を疑い、浮淫の蠹を舉げて、之を功實の上に加え、而して國の治まらんことを欲するを疾む。猶お階を釋てて高きに登らんと欲し、銜橛無くして捍馬を御するがごときなり。今、刑法設備して、民猶お之を犯す。況んや法無きをや。其の亂るること必せり。
現代語訳
大夫は俯いたり仰いだりして、まだ答えなかった。御史が言った。「法を執る者は国の手綱とくつわであり、刑罰は国の綱と櫂である。だから手綱とくつわが整っていなければ、王良のような名手でも遠くまで行けない。綱と櫂が備わっていなければ、腕のよい船頭でも水を渡れない。韓非子は、国を持つ者がその法と勢を明らかにして臣下を御し、国を富ませ兵を強くして敵を制し難を防ぐことができず、愚かな儒者の言葉に惑わされて賢士の謀を疑い、浮ついた蠹のような者を取り立てて実績のある者の上に置きながら、それで国が治まってほしいと願うことを憎んだ。それは階段を捨てて高いところに登ろうとし、くつわも轡もつけずに暴れ馬を御そうとするようなものだ。いま刑法が備わっていて、なお民はこれを犯す。まして法が無ければどうなるか。乱れるのは必定である」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
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『塩鉄論』刑德篇文學曰く、轡銜は、御の具なり。良工を得て調う。法勢は、治の具なり。賢人を得て化す。轡を執るもの其の人に非ざれば、則ち馬は奔馳す。軸を執るもの其の人に非ざれば、則ち船は覆傷す。昔、吳は宰嚭をして軸を持たしめて其の船を破り、秦は趙高をして轡を執らしめて其の車を覆す。今、仁義の術を廢して、刑名の徒に任ずれば、則ち吳・秦の事を復するなり。夫れ君為る者は三王に法り、相為る者は周公に法り、術を為す者は孔子に法る。此れ百世不易の道なり。韓非は先王を非として遵わず、正令を舍てて從わず、卒に陷阱を蹈み、身は幽囚せられ、秦に客死す。夫れ大道に通ぜずして小辯するは、斯れ以て其の身を害するに足るのみ。
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呂氏春秋・處方⑤今、人此に有り、擅に行いを矯めば則ち國家を免れしめ、輕重を利すれば則ち衡石の如く、方圜を為せば則ち規矩の若くす。此れ則ち工なり巧なり。而れども法るに足らず。法なる者は、衆の同じくする所なり。賢不肖の其の力を以うる所なり。謀の用う可からざるに出で、事同じくす可からざるに出づるは、此れ先王の舍つる所なり。
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『塩鉄論』大論篇大夫曰く、俗は唐・虞の時に非ず、而して世は許由の民に非ず。而るに法を廢して以て治めんと欲するは、是れ猶お隱括斧斤を用いずして、曲直枉れるを撓めんと欲するがごときなり。故に治を為す者は自ら善き民を待たず、輪を為る者は自ら曲がる木を待たず。往者、應少・伯正の屬は梁・楚を潰し、昆盧・徐谷の徒は齊・趙を亂し、山東・關內の暴徒は、人を保りて險に阻る。此の時に當たりて、斤斧に任ぜずして、之を折るに武を以てせず、而して乃ち始めて禮を設け文を修めんとせば、窮醫の短針を以て疽を攻めんと欲し、孔丘の禮を以て跖に說くに似たる有らん。
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孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「離婁の明、公輸子の巧も、規矩を以てせざれば、方員を成すこと能わず。師曠の聰も、六律を以てせざれば、五音を正すこと能わず。堯舜の道も、仁政を以てせざれば、天下を平治すること能わず。今、仁心仁聞有りて、而も民其の澤を被らず、後世に法る可からざる者は、先王の道を行わざればなり。故に曰く、『徒善は以て政を為すに足らず、徒法は以て自ら行わるること能わず。』詩に云う、『愆らず忘れず、舊章に率い由る。』先王の法に遵いて過つ者は、未だ之れ有らざるなり。聖人既に目の力を竭くし、之に繼に規矩準繩を以てす。以て方員平直を為すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に耳力を竭くし、之に繼ぐに六律を以てす。五音を正すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に心思を竭くし、之に繼ぐに人に忍びざるの政をを以てす。而うして仁天下を覆う。故に曰く、『高きを為すには、必ず丘陵に因り、下きを為すには、必ず川澤に因る。』政を為すに、先王の道に因らずんば、智と謂う可けんや。是を以て惟だ仁者のみ宜しく高位に在るべし。不仁にして高位に在るは、是れ其の惡を衆に播するなり。上に道揆無く、下に法守無く、朝は道を信ぜず、工は度を信ぜず、君子は義を犯し、小人は刑を犯して、國の存する所の者は幸いなり。故に曰く、『城郭完からず、兵甲多からざるは、國の災いに非ざるなり。田野辟けず、貨財聚まらざるは、國の害に非ざるなり。』上、禮無く、下、學無ければ、賊民興り、喪ぶること日無けん。詩に曰く、『天の方に蹶(くつがえす)えさんとする、然く泄泄すること無かれ。』泄泄とは、猶ほ沓沓のごときなり。君に事えて義無く、進退禮無く、言えば則ち先王の道を非る者は、猶ほ沓沓のごときなり。故に曰く、『難きを君に責む、之を恭と謂う。善を陳べ邪を閉づる、之を敬と謂う。吾が君能わずとす、之を賊と謂う。』」