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文子 / 九守

老子曰:靜漠恬惔,所以養生也,和愉虛無,所以據德也,外不亂內即性得其宜,靜不動和即德安其位,養生以經世,抱德以終年,可謂能體道矣。若然者,血脈無鬱滯,五藏無積氣,禍福不能矯滑,非譽不能塵垢,非有其世,孰能濟焉,有其才不遇其時,身猶不能脫,又況無道乎。夫目察秋毫之末者,耳不聞雷霆之聲,耳調金玉之音者,目不見太山之形,故小有所志,則大有所忘。今萬物之來,擢拔吾生,攓取吾精,若泉原也,雖欲勿稟,其可得乎?今盆水若清之經日,乃能見眉睫,濁之不過一撓,即不能見方圓也,人之精神難清而易濁,猶盆水也。

新字:老子曰:静漠恬惔,所以養生也,和愉虚無,所以拠徳也,外不乱内即性得其宜,静不動和即徳安其位,養生以経世,抱徳以終年,可謂能体道矣。若然者,血脈無鬱滞,五蔵無積気,禍福不能矯滑,非誉不能塵垢,非有其世,孰能済焉,有其才不遇其時,身猶不能脱,又況無道乎。夫目察秋毫之末者,耳不聞雷霆之声,耳調金玉之音者,目不見太山之形,故小有所志,則大有所忘。今万物之来,擢抜吾生,攓取吾精,若泉原也,雖欲勿稟,其可得乎?今盆水若清之経日,乃能見眉睫,濁之不過一撓,即不能見方円也,人之精神難清而易濁,猶盆水也。

書き下し

老子曰く、静漠恬惔は、生を養う所以なり。和愉虚無は、徳に拠る所以なり。外は内を乱さざれば即ち性其の宜しきを得、静は和を動かさざれば即ち徳其の位に安んず。生を養いて以て世を経め、徳を抱きて以て年を終う、能く道を体すと謂う可し。若し然らば、血脈に鬱滞無く、五蔵に積気無く、禍福も矯滑する能わず、非誉も塵垢する能わず。其の世を有つに非ざれば、孰か能く済わん。其の才有りて其の時に遇わざれば、身猶お脱する能わず、又況んや道無きをや。夫れ目の秋毫の末を察する者は、耳に雷霆の声を聞かず、耳の金玉の音を調うる者は、目に太山の形を見ず。故に小しく志す所有れば、則ち大いに忘るる所有り。今、万物の来たるや、吾が生を擢抜し、吾が精を攓取すること、泉原の若し。稟くること勿からんと欲すと雖も、其れ得可けんや。今、盆水若し之を清くして日を経れば、乃ち能く眉睫を見る。之を濁すに一たび撓すに過ぎざれば、即ち方円を見る能わず。人の精神は清み難くして濁り易きこと、猶お盆水のごとし。

現代語訳

老子は言う。静かでひっそりと安らかなことは、生を養うよすがである。穏やかで楽しく虚であることは、徳に拠るよすがである。外が内を乱さなければ、性はそのふさわしさを得、静けさが和を動かさなければ、徳はその位に安んじる。生を養って世を治め、徳を抱いて年を終える者は、道を体得したといってよい。そうであれば、血脈に滞りがなく、五臓に溜まる気がなく、禍福もそれをねじ曲げられず、非難も称賛もそれを汚せない。その世をもつ者でなければ、誰がこれを成し遂げられよう。才があってもその時に遇わなければ、身ひとつさえ救えないのに、まして道もない者はなおさらである。そもそも目で毛先の細いところまで見分ける者は、耳で雷の音を聞かず、耳で金玉の調べを聞き分ける者は、目で泰山の形を見ない。だから小さなことに志を置けば、大きなことを忘れてしまう。いま万物が押し寄せて、わが生を引き抜き、わが精を奪い取ることは、泉が湧き出るようである。受けまいと思っても、できるだろうか。いま盆の水は、澄ませて日を経れば眉やまつげが映るが、一度かき回せば四角か丸かも見分けられない。人の精神は澄みにくく濁りやすいこと、盆の水と同じである。

解説

守静の段で、締めの盆の水の比喩が印象に残ります。澄ませるには日数がかかり、濁らせるには一度かき回せば足りる、という非対称です。精神の落ち着きも、築くのは遅く崩れるのは速いと言っています。もう一つの読みどころは「小しく志す所有れば、則ち大いに忘るる所有り」で、細部に集中するほど全体を見失うという指摘です。細かな改善に追われる現場ほど、全体の舵取りは別の目で見る必要があります。静けさを保つことを、才能ではなく日々の管理の問題として扱っています。

この章句が説くこと

静漠恬惔は生を養う所以なり小しく志す所有れば則ち大いに忘るる所有り人の精神は清み難くして濁り易きこと守静

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