文子 / 精誠
老子曰:振窮補急則名生利起,除害即功成,世無災害,雖聖無所施其德,上下和睦,雖賢無所立其功。故至人之治,含德抱道,推誠樂施,無窮之智,寢說而不言。天下莫知貴其不言者,故“道可道,非常道也,名可名,非常名也。”著於竹帛,鏤於金石,可傳於人者,皆其麤也。三皇五帝三王,殊事而同心,異路而同歸,末世之學者,不知道之所體一 德之所摠要,取成事之跡跪坐而言之,雖博學多聞,不免於亂。
新字:老子曰:振窮補急則名生利起,除害即功成,世無災害,雖聖無所施其徳,上下和睦,雖賢無所立其功。故至人之治,含徳抱道,推誠楽施,無窮之智,寝説而不言。天下莫知貴其不言者,故“道可道,非常道也,名可名,非常名也。”著於竹帛,鏤於金石,可伝於人者,皆其麤也。三皇五帝三王,殊事而同心,異路而同帰,末世之学者,不知道之所体一 徳之所摠要,取成事之跡跪坐而言之,雖博学多聞,不免於乱。
書き下し
老子曰く、窮を振い急を補えば、則ち名生じ利起こる。害を除けば即ち功成る。世に災害無ければ、聖と雖も其の徳を施す所無く、上下和睦すれば、賢と雖も其の功を立つる所無し。故に至人の治は、徳を含み道を抱き、誠を推し施すを楽しみ、無窮の智は、説を寝めて言わず。天下其の言わざるを貴ぶを知る莫し。故に「道の道とす可きは、常の道に非ず。名の名とす可きは、常の名に非ず」。竹帛に著し、金石に鏤み、人に伝う可き者は、皆其の麤なり。三皇五帝三王は、事を殊にして心を同じくし、路を異にして帰を同じくす。末世の学者は、道の体の一なるを、徳の摠要なるを知らず、成事の跡を取りて跪坐して之を言う。博学多聞と雖も、乱を免れず。
現代語訳
老子は言った。困窮を救い急を補えば、名が生まれ利が起こる。害を除けば功が成る。世に災害がなければ、聖人といえども徳を施すところがなく、上下が和睦していれば、賢者といえども功を立てるところがない。だから至人の治め方は、徳を含み道を抱き、誠を推し施すことを楽しみ、尽きない智恵は、説くことをやめて言わない。天下はその言わないことが貴いと知らない。だから「道として語れる道は、常なる道ではない。名として呼べる名は、常なる名ではない」と言う。竹簡や帛に書き、金石に刻んで、人に伝えられるものは、すべてその粗い部分である。三皇五帝三王は、やり方を異にしながら心を同じくし、道を異にしながら帰着を同じくした。末世の学者は、道の本体が一であり、徳の要が統一されていることを知らず、成功した事跡だけを取って、正座して語る。博学多聞であっても、乱れを免れない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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文子・道原老子曰く、夫れ事生ずれば応変して動き、変は時に生ず。時を知る者は常の行無し。故に「道の道とす可きは常の道に非ず、名の名とす可きは常の名に非ず」。書は言の生ずる所、言は智より出で、智者は知らず。常の道に非ざるなり。名の名とす可きは、書を蔵する者に非ず。「多聞は数しば窮す、中を守るに如かず」、「学を絶てば憂い無し」、「聖を絶ち智を棄つれば、民の利百倍す」。人生まれて静かなるは、天の性なり。物に感じて動くは、性の害なり。物至りて応ずるは、智の動なり。智、物と接して、好憎生ず。好憎形を成して、智外に怵れ、己に反る能わずして、天理滅ぶ。是の故に聖人は人を以て天に易えず、外は物と化して内は情を夫わず。故に道に通ずる者は、清静に反り、物に空しき者は、無為に終わる。恬を以て智を養い、漠を以て神に合し、無垠に即き、天に循う者は道と遊び、人に随う者は俗と交わる。故に聖人は事を以て天を滑さず、欲を以て情を乱さず、謀らずして当たり、言わずして信あり、慮らずして得、為さずして成る。是を以て上に処りて民重しとせず、前に居て人害せず、天下之に帰し、姦邪之を畏る。其の物に争う無きを以てなり。故に敢えて之と争う莫し。
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文子・符言老子曰く、善を為せば即ち勧み、不善を為せば即ち観る。勧めば即ち責めを生じ、観れば即ち患いを生ず。故に道は進みて名を求む可からずして、退きて身を修む可し。故に聖人は行いを以て名を求めず、知見を以て誉れを求めず、治は自然に随い、己に与る所無し。為す者は成らざる有り、求むる者は得ざる有り、人に窮まる有りて道に通ずる無し。智有れども為す無きは智無きと功を同じくし、能有れども事無きは能無きと徳を同じくす。智有るも智無きが若く、能有るも能無きが若く、道理達して人才滅ぶ。人と道とは両つながら明らかならず、人名を愛すれば即ち道を用いず、道人に勝てば名息み、道息み人の名章かなれば即ち危亡す。
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文子・道原彼を去り此を取れば、天殃起こらず。故に智を以て国を治むるは国の賊、智を以て国を治めざるは国の徳。夫れ無形は大に有形は細、無形は多く有形は少なし、無形は強く有形は弱し、無形は実に有形は虚なり。有形は事を逐う者なり。無形は始めを作す者なり。事を逐う者は器を成す。始めを作す者は、樸なり。有形なれば則ち声有り、無形なれば則ち声無し。有形は無形に産まる。故に無形は有形の始めなり。広厚は名有り、名有るは全きを貴ぶなり。倹薄は名無し、名無きは軽きを賤しむなり。殷富は名有り、名有るは尊寵なり。貧寡は名無し、名無きは卑辱なり。雄牡は名有り、名有るは章明なり。雌牝は名無し、名無きは隠約なり。余り有るは名有り、名有るは高賢なり。足らざるは名無し、名無きは下に任ぜらる。功有れば即ち名有り、功無ければ即ち名無し。名は無名より産まれ、無名は有名の母なり。夫れ道は有無相い生じ、難易相い成す。是を以て聖人は道を執り、虚静微妙にして、以て其の徳を成す。故に道有れば即ち徳有り、徳有れば即ち功有り、功有れば即ち名有り、名有れば即ち復た道に帰す。功名長久にして、終身咎無し。
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文子・精誠老子曰く、夫れ人道は、性を全くし真を保ち、其の身を虧かず、急迫難に遭えども、精天に通ず。若し乃ち未だ始めより其の宗を出でざる者は、何を為して成らざらん。死生域を同じくして、脅凌す可からず。又況んや天地に官たり、万物を懐き、造化に返り、至和を含みて、己未だ嘗て死せざる者をや。精誠内に形われて、外人心に喩す、此れ不伝の道なり。聖人上に在りて、道を懐き言わず、沢万民に及ぶ。故に不言の教は、芒として大なるかな。君臣心を乖けば、倍譎天に見われ、神気相い応じて徴あり。此を不言の弁、不道の道と謂う。夫れ遠きを召す者には無為ならしめ、近きを親しむ者には無事を言う。唯だ夜行く者のみ能く之を有つ。走馬を卻けて以て糞し、車軌遠方の外に接せず、是を坐馳陸沈と謂う。天道は私に就くこと無く、私に去ること無し。能者は余り有り、拙者は足らず。之に順う者は利あり、之に逆う者は凶なり。是の故に智を以て治を為す者は国を持し難く、唯だ大和に同じくして自然を持して応ずる者のみ、能く之を有つと為す。
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文子・自然老子曰く、帝なる者は名有るも、其の情を知る莫し。帝は其の徳を貴び、王は其の義を尚び、霸は理に迫らる。聖人の道は、物に於いて有る無し。道挟れて然る後に智に任じ、徳薄くして然る後に形に任じ、明浅くして然る後に察に任ず。智に任ずる者は中心乱れ、刑に任ずる者は上下怨み、察に任ずる者は下善を求めて以て上に事うれば即ち弊す。是を以て聖人は天地に因りて以て変化し、其の徳は乃ち天覆い地載せ、之を導くに時を以てすれば、其の養いは乃ち厚し。厚養なれば即ち治まる。神聖有りと雖も、人何を以て易えんや。心智を去る、故に刑罰を省く。清静に反れば、物は将に自ら正しからんとす。道の君為るや尸の如く、儼然として玄黙して、天下其の福を受く。一人之を被りて褒めず、万人之を被りて褊からず。是の故に重ねて恵を為し、重ねて暴を為せば、即ち道迕う。恵を為すとは布施なり。功無くして厚く賞し、労無くして高爵すれば、即ち職を守る者は官に懈り、遊居する者は進むに亟やかなり。夫れ暴とは妄りに誅するなり。罪無くして死亡し、道を行う者にして刑を被れば、即ち身を修むる者は善を勧まず、邪行を為す者は上を犯すを軽んず。
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文子・上禮老子曰く、上古の真人は、陰陽を呼吸して、群生其の徳を仰ぎて以て和順せざる莫し、此の時に当たり、領理は隠密にして、自ずから純朴を成し、純朴未だ散ぜずして、万物大いに優かなり。世の衰うるに及び、伏羲氏に至りて、昧昧懋懋として、皆其の童蒙の心を離れんと欲して、天地の間に覚悟す、其の徳は煩にして一ならず。神農、黄帝に及ぶに至り、天下を覈領し、四時を紀綱し、陰陽を和調す、是に於いて万民竦身して思わざる莫く、耳を戴けて聴き目を戴けて視る、故に治まりて和せず。下りて夏、殷の世に至り、嗜欲物に達し、聡明外に誘われ、性命其の真を失う。周室に施及び、醇を澆ぎ樸を散じ、道を離れて以て偽と為し、徳を険にして以て行と為し、智巧萌生し、学を狙いて以て聖に擬え、華誣して以て衆を脅かし、詩書を琢飾して以て名誉を賈い、各おの其の智偽を行いて以て世に容れられんと欲し、而して大宗の本を失う、故に世に性命を喪う有りて、衰漸の由りて来たること久し。是の故に至人の学や、性を無に反し、心を虚に游ばしめんと欲す、世俗の学は、徳を擢き性を攓り、内に五臓を愁え、行を暴し知を越え、以て名声を世に譊しくす、此れ至人の為さざる所なり。徳を擢くは自ら見わすなり、性を攓るは生を絶つなり、夫の至人の若きは、死生の意を定め、栄辱の理に通じ、世を挙げて之を誉むるも益ます勧まず、世を挙げて之を非るも加々沮まず、至道の要を得たるなり。
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