文武訓 / 武訓下
一小を以て大につかふること、是理の當然にして、天にしたがふ道なり。時の勢を知りて大にしたがふは、智者のする所なり。小を以て大にしたがはざるは、禮義にそむき時勢を知らず、はては國家と身とを失ひ、敵身方おほくの命をころす。是天にそむけるなり。無學にしておろかなる人、武道を知らずして、小を以て大にしたがひ、弱にして强にしたがふを恥辱とおもひ、血氣の勇にほこり、大敵をあなどりて、敵の勢のさかんにして、我が力の敵しがたき事を知らず。是孫子が所謂、我を知らず彼を知らざるなり。小を以て大にしたがはずして兵をおこし、下として上をおかして亂をおこし、義理にそむくは、是血氣の勇にして武にあらず。武を黷すといふ。からもやまとかくのごとくにして國家をうしなひ、身をほろぼして、天下後世のあざけりとなれる人多し、愚なりと云ふべし。
新字:一小を以て大につかふること、是理の当然にして、天にしたがふ道なり。時の勢を知りて大にしたがふは、智者のする所なり。小を以て大にしたがはざるは、礼義にそむき時勢を知らず、はては国家と身とを失ひ、敵身方おほくの命をころす。是天にそむけるなり。無学にしておろかなる人、武道を知らずして、小を以て大にしたがひ、弱にして強にしたがふを恥辱とおもひ、血気の勇にほこり、大敵をあなどりて、敵の勢のさかんにして、我が力の敵しがたき事を知らず。是孫子が所謂、我を知らず彼を知らざるなり。小を以て大にしたがはずして兵をおこし、下として上をおかして乱をおこし、義理にそむくは、是血気の勇にして武にあらず。武を黷すといふ。からもやまとかくのごとくにして国家をうしなひ、身をほろぼして、天下後世のあざけりとなれる人多し、愚なりと云ふべし。
書き下し
一小を以て大につかふること、是理の当然にして、天にしたがふ道なり。時の勢を知りて大にしたがふは、智者のする所なり。小を以て大にしたがはざるは、礼義にそむき時勢を知らず、はては国家と身とを失ひ、敵身方おほくの命をころす。是天にそむけるなり。無学にしておろかなる人、武道を知らずして、小を以て大にしたがひ、弱にして強にしたがふを恥辱とおもひ、血気の勇にほこり、大敵をあなどりて、敵の勢のさかんにして、我が力の敵しがたき事を知らず。是孫子が所謂、我を知らず彼を知らざるなり。小を以て大にしたがはずして兵をおこし、下として上をおかして乱をおこし、義理にそむくは、是血気の勇にして武にあらず。武を黷すといふ。からもやまとかくのごとくにして国家をうしなひ、身をほろぼして、天下後世のあざけりとなれる人多し、愚なりと云ふべし。
現代語訳
小さな者が大きな者に仕えることは、理の当然であり、天に従う道です。時の勢いを知って大に従うのは、智者のすることです。小が大に従わないのは、礼義に背き時勢を知らず、ついには国家と身を失い、敵味方の多くの命を殺すことになります。これは天に背くことです。学問がなく愚かな人は、武の道を知らず、小が大に従い弱が強に従うことを恥と思い、血気の勇を誇り、大敵を侮って、敵の勢いが盛んで自分の力ではかなわないことを知りません。これが孫子のいう「己を知らず彼を知らず」です。小が大に従わずに兵を起こし、下の者が上を犯して乱を起こし、義理に背くのは、血気の勇であって武ではありません。これを武を汚すといいます。中国でも日本でも、このようにして国家を失い、身を滅ぼして、天下後世の嘲りとなった人は多い。愚かというべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』武訓下国主にそむくのみならず、天下の主にそむくは、是小を以て大につかふる礼義をしらず。其上、国主と天下の主にそむきては、小身の城主、身をたつべきやうなき時勢を知らず、不智といふべし。礼義にそむき時勢をしらずして、つひに家と身とを失ふ。愚の至なり、時勢を知りて早く降参したる者は、皆災なくして家をたもてり。或は君に対し謀反をおこし、乱臣にくみし、乱逆を助けて、其君を亡ぼしても、幸にわが身を立てし者あれども、是不義の至、にくむべし。家をおこせしも栄とすべからず、恥とすべし。況やかくのごとき者は、家をやぶり身を亡ぼせるともがら多し。
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『文武訓』武訓下一兵を用ふるは、まことに武威を貴ぶ。しかれども、仁義の道なければ諸人の心従はず、武を用ひがたし。一良将のいくさは、はかりごとよく、おもんぱかり精しくして、勝ちやすきに勝つ。故に、士卒おほくはうち死なし。愚将暗主は此理を知らずして、敵身方士卒の多く死するを悦ぶは、不仁なるのみならず、軍の道におろかなる故なり。上兵は戦はずして勝つをよしとす。若やむことを得ずして戦ふとても、いくさの道よくはかりごとあるゆゑに、良将は敵をも身方をも多くころさず。古人の曰、将となること三世なれば子孫なし。いふ意は、天道は不仁をにくみ、ころすことをこのみ給はず。凡天が下の人は、皆天の子なれば、其子をころすことをにくみ給ふ故、人を殺すことをこのめば、其子孫絶ゆとなり。
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『文武訓』武訓上一日本の兵術を学んで、文学なき人は道理にうとし。人に教ふるに、日本の武道は、儒者のごとく、仁義忠信の道を用ふべからず、偽りたばからざれば勝利を得がたしといふ。又曰、夫兵は功を立つるにあり。もろこしにては魏の曹操のごとく、日本にては足利尊氏のごとき人は、仁義にそむきて人の国をうばひたれども、武将の本意なり。もろこしの諸葛孔明のごとく、日本の楠正成のごときは、忠義あれども功を立つることならず。是、武将の本意にあらず。兵は詭道なり、時の勢によりては、わが身方に対しても、いつはりて表裏を行ひ、人の功をうばひ、或は国をみだして、逆にしてとるも、兵術においては害なし。是、日本の武道なり。もろこしの道を以ては、日本の武道は行ひがたし。
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『文武訓』武訓上もし表裏多くして人を欺き、いつはりを行ひて、士卒そむきうらみば、百万の兵ありとも、戦ひ勝つことかたかるべし。故に、兵の道は仁義を本とし、信を以て諸人の心を服するにあり。孫子が権謀を専にせしも、将の道は智信仁勇厳也といへり。もし将となる人、仁義忠信をすてて、あはれみなくなさけなく、表裏を行ひてまことなく、只わが身を利せんとし、士卒皆これに見ならひ、化して恥なくば、なんぞ戦にのぞみて信を守り、君のため忠義を行ひ、命をすて節に死する者あらんや。是を日本の武道といふべからざるこ弁ぜずして其非を知るべし。
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『文武訓』武訓上一士たる者、戦にのぞんで身を捨つることはかたからず。血気の勇は盗賊もよくするものなり。只身を捨てて義にかなふことかたし。故に、死ぬべからずして死ぬるは、是其身をかろんず。父母よりうけし身をいたづらにするは不孝なり。死ぬべくして死なざるは、是其死をおそれ、命ををしみて君の為にせず、不忠なり。是李太白が言なり。年わかく血気さかんなる人、勇をこのまば、忠孝の道を知りて、生死只義にかなふべし。学問なければ忠孝の道を知らず、死ぬべくして死なず。いやしむべし。死ぬべからずして死ぬ、かなしむべし。勇怯ことなれども、義理にそむけることは一なり。武士は、学問して義理を知れば、死生する理にかなふ。
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『文武訓』武訓上日本は武国なれば、もろこしの正直にして手ぬるき風俗にては、功を成しがたくして、日本の風俗にあはず。ひすかしくすずどくて、人のなしたる功名をもうばひてわが功名とし、人の取りたる首をもうばひてわが勇とするが、日本の武道なりなどいひて、秘密して人にをしふ。是を聞く人無学にして不智なれば、其非を知らずして是を信じ、げにもとおもひ、常の時も、兵術の謀を用ひていつはりを行ひ、利を得るを以て心とする者多し。兵をまなぶ人、多くは是にまよへり。あさましきひがごとは弁ずるにもたらず。又、弁じて人とあらそはんもいたづかはしく口をし。されど、天下の民は皆わが同胞なれば、わが兄弟のおろかにまよへる人の、あしき方にいざなはるるは、いとかなしむべきことなり。
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