武訓 / 下・第6段
小を以て大につかふること、是、理の當然にして、天にしたがふ道なり。時の勢をしりて、大にしたがふは、智者のする所なり。小を以て大にしたがはざるは、禮義にそむき、時勢をしらず、はては、國家と身とを失ひ、敵身方おほくの命をころす。是、天にそむけるなり。無學にしておろかなる人、武道をしらずして、小を以て大にしたがひ、弱にして强にしたがふを恥辱とおもひ、血氣の勇にほこり、大敵をあなどりて、敵の勢のさかんにして、我が力の敵しがたきとをしらず。是、孫子が所謂、我をしらず、彼をしらざるなり。小を以て大にしたがはずして、兵をおこし、下として上をおかして、亂をおこし、義理にそむくは、是、血氣の勇にして、武にあらず。武を驕すといふ。からもやまとも、かくのごとくにして、國家をうしなひ身をほろぼして、天下後世のあざけりとなれる人多し。愚なりと云ふべし。近世にていはゞ江州の淺井、越前の朝倉が、信長にしたがはず、小田原の北條氏が、秀吉にしたかはざる、これ、小を以て、大につかふる道をしらざるなり。皆、義のある所にあらず。つひに其の家を亡ぼし、身を亡ぼして、義にそむき、おほくの身方と敵とを殺せしこと、仁にそむく。
新字:小を以て大につかふること、是、理の当然にして、天にしたがふ道なり。時の勢をしりて、大にしたがふは、智者のする所なり。小を以て大にしたがはざるは、礼義にそむき、時勢をしらず、はては、国家と身とを失ひ、敵身方おほくの命をころす。是、天にそむけるなり。無学にしておろかなる人、武道をしらずして、小を以て大にしたがひ、弱にして強にしたがふを恥辱とおもひ、血気の勇にほこり、大敵をあなどりて、敵の勢のさかんにして、我が力の敵しがたきとをしらず。是、孫子が所謂、我をしらず、彼をしらざるなり。小を以て大にしたがはずして、兵をおこし、下として上をおかして、乱をおこし、義理にそむくは、是、血気の勇にして、武にあらず。武を驕すといふ。からもやまとも、かくのごとくにして、国家をうしなひ身をほろぼして、天下後世のあざけりとなれる人多し。愚なりと云ふべし。近世にていはゞ江州の浅井、越前の朝倉が、信長にしたがはず、小田原の北条氏が、秀吉にしたかはざる、これ、小を以て、大につかふる道をしらざるなり。皆、義のある所にあらず。つひに其の家を亡ぼし、身を亡ぼして、義にそむき、おほくの身方と敵とを殺せしこと、仁にそむく。
書き下し
小を以て大につかふること、是、理の當然にして、天にしたがふ道なり。時の勢をしりて、大にしたがふは、智者のする所なり。小を以て大にしたがはざるは、禮義にそむき、時勢をしらず、はては、國家と身とを失ひ、敵身方おほくの命をころす。是、天にそむけるなり。無學にしておろかなる人、武道をしらずして、小を以て大にしたがひ、弱にして强にしたがふを恥辱とおもひ、血氣の勇にほこり、大敵をあなどりて、敵の勢のさかんにして、我が力の敵しがたきとをしらず。是、孫子が所謂、我をしらず、彼をしらざるなり。小を以て大にしたがはずして、兵をおこし、下として上をおかして、亂をおこし、義理にそむくは、是、血氣の勇にして、武にあらず。武を驕すといふ。からもやまとも、かくのごとくにして、國家をうしなひ身をほろぼして、天下後世のあざけりとなれる人多し。愚なりと云ふべし。近世にていはゞ江州の淺井、越前の朝倉が、信長にしたがはず、小田原の北條氏が、秀吉にしたかはざる、これ、小を以て、大につかふる道をしらざるなり。皆、義のある所にあらず。つひに其の家を亡ぼし、身を亡ぼして、義にそむき、おほくの身方と敵とを殺せしこと、仁にそむく。
現代語訳
小をもって大に仕えることは、理の当然であり、天に従う道です。時の勢いを知って大に従うのは、智者のすることです。小をもって大に従わないのは、礼義に背き、時勢を知らず、はては国家と我が身を失い、敵味方の多くの命を殺します。これは天に背くことです。無学で愚かな人は、武道を知らず、小をもって大に従い、弱をもって強に従うのを恥辱と思い、血気の勇を誇り、大敵を侮って、敵の勢いが盛んで、自分の力では敵いがたいことを知りません。これは孫子のいう、己を知らず、彼を知らない、ということです。小をもって大に従わず、兵を起こし、下の身で上を犯して乱を起こし、義理に背くのは、血気の勇であって、武ではありません。武を驕すといいます。中国も日本も、このようにして国家を失い、身を滅ぼし、天下後世の嘲りとなった人が多くいます。愚かというべきです。近世でいえば、近江の浅井、越前の朝倉が信長に従わず、小田原の北条氏が秀吉に従わなかったのは、小をもって大に仕える道を知らなかったのです。みな、義のあるところではありません。ついにその家を亡ぼし、身を亡ぼして、義に背き、多くの味方と敵とを殺したことは、仁に背きます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『文武訓』武訓下一小を以て大につかふること、是理の当然にして、天にしたがふ道なり。時の勢を知りて大にしたがふは、智者のする所なり。小を以て大にしたがはざるは、礼義にそむき時勢を知らず、はては国家と身とを失ひ、敵身方おほくの命をころす。是天にそむけるなり。無学にしておろかなる人、武道を知らずして、小を以て大にしたがひ、弱にして強にしたがふを恥辱とおもひ、血気の勇にほこり、大敵をあなどりて、敵の勢のさかんにして、我が力の敵しがたき事を知らず。是孫子が所謂、我を知らず彼を知らざるなり。小を以て大にしたがはずして兵をおこし、下として上をおかして乱をおこし、義理にそむくは、是血気の勇にして武にあらず。武を黷すといふ。からもやまとかくのごとくにして国家をうしなひ、身をほろぼして、天下後世のあざけりとなれる人多し、愚なりと云ふべし。
-
『文武訓』武訓下近世にていはば、江州の浅井、越前の朝倉が、信長にしたがはず、小田原の北条氏が、秀吉にしたがはざる、これ、小を以て大につかふる道を知らざるなり。皆義のある所にあらず。つひに其家を亡ぼし身を亡ぼして、義にそむき、おほくの身方と敵とを殺せしこと、仁にそむく。是等の人の行ひしこと、皆不仁不智無礼無義といふべし。安芸にありし小早川隆景は、毛利輝元八ヶ国の主として大なりしかども、輝元をすすめて、はやく秀吉に属せしめ、人質を出し、信長薨じ給ひし後も、和義を変せずして秀吉に属し、つひに其父元就の領せし八州の地を失はず、智ありといふべし。又、信長、秀吉の功臣に国を給はりしは、其国にいまだ服せざる者多しといへども、たひらげよとて国をさづけ給ひしに、其国さぶらひ、一国に五人十人もありて、小身ながら、皆小城をもちて、その国主にしたがはず。
-
『文武訓』武訓下国主にそむくのみならず、天下の主にそむくは、是小を以て大につかふる礼義をしらず。其上、国主と天下の主にそむきては、小身の城主、身をたつべきやうなき時勢を知らず、不智といふべし。礼義にそむき時勢をしらずして、つひに家と身とを失ふ。愚の至なり、時勢を知りて早く降参したる者は、皆災なくして家をたもてり。或は君に対し謀反をおこし、乱臣にくみし、乱逆を助けて、其君を亡ぼしても、幸にわが身を立てし者あれども、是不義の至、にくむべし。家をおこせしも栄とすべからず、恥とすべし。況やかくのごとき者は、家をやぶり身を亡ぼせるともがら多し。
-
『武訓』下・第7段是等の人の行ひしこと、皆、不仁、不智、無禮、無義といふべし。安藝にありし小早川隆景は、毛利輝元八ヶ國の主として大なりしかども、輝元をすゝめて、はやく、秀吉に屬せしめ、人質を出し、信長薨し給ひし後も、和義を變ぜずして、秀吉に屬し、つひに其の父元就の領せし八州の地を失はず。智ありといふべし。又、信長、秀吉の功臣に國を給はりしは、其の國にいまだ服せざる者多しといへども、たひらげよとて、國をさづけ給ひしに、其の國さふらひ、一國に五人十人もありて、小身ながら、皆、小城をもちて、その國主にしたがはず、國主にそむくのみならず、天下の主にそむくは、是、小を以て、大につかふる禮義をしらず、其の上、國主と、天下の主にそむきては、小身の城主、身をたつべきやうなき時勢をしらず。不智といふべし。禮義にそむき、時勢をしらずして、つひに家と身とを失ふ。愚の至なり。時勢をしりて、早く降參したる者は、皆、災なくして、家をたもてり。或は、君に對し、謀反をおこし、亂臣にくみし、亂逆を助けて、其の君を亡ぼしても、幸にわが身を立てし者あれども、是、不義の至にくむべし。家をおこせしも、榮とすべからず。恥とすべし。況や、かくのごとき者は、家をやぶり、身を亡ぼせるともがら多し。
-
『文武訓』武訓下一兵を用ふるは、まことに武威を貴ぶ。しかれども、仁義の道なければ諸人の心従はず、武を用ひがたし。一良将のいくさは、はかりごとよく、おもんぱかり精しくして、勝ちやすきに勝つ。故に、士卒おほくはうち死なし。愚将暗主は此理を知らずして、敵身方士卒の多く死するを悦ぶは、不仁なるのみならず、軍の道におろかなる故なり。上兵は戦はずして勝つをよしとす。若やむことを得ずして戦ふとても、いくさの道よくはかりごとあるゆゑに、良将は敵をも身方をも多くころさず。古人の曰、将となること三世なれば子孫なし。いふ意は、天道は不仁をにくみ、ころすことをこのみ給はず。凡天が下の人は、皆天の子なれば、其子をころすことをにくみ給ふ故、人を殺すことをこのめば、其子孫絶ゆとなり。
-
『文武訓』武訓上もし表裏多くして人を欺き、いつはりを行ひて、士卒そむきうらみば、百万の兵ありとも、戦ひ勝つことかたかるべし。故に、兵の道は仁義を本とし、信を以て諸人の心を服するにあり。孫子が権謀を専にせしも、将の道は智信仁勇厳也といへり。もし将となる人、仁義忠信をすてて、あはれみなくなさけなく、表裏を行ひてまことなく、只わが身を利せんとし、士卒皆これに見ならひ、化して恥なくば、なんぞ戦にのぞみて信を守り、君のため忠義を行ひ、命をすて節に死する者あらんや。是を日本の武道といふべからざるこ弁ぜずして其非を知るべし。
人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る