文武訓 / 武訓下
國主にそむくのみならず、天下の主にそむくは、是小を以て大につかふる禮義をしらず。其上、國主と天下の主にそむきては、小身の城主、身をたつべきやうなき時勢を知らず、不智といふべし。禮義にそむき時勢をしらずして、つひに家と身とを失ふ。愚の至なり、時勢を知りて早く降參したる者は、皆災なくして家をたもてり。或は君に對し謀反をおこし、亂臣にくみし、亂逆を助けて、其君を亡ぼしても、幸にわが身を立てし者あれども、是不義の至、にくむべし。家をおこせしも榮とすべからず、恥とすべし。况やかくのごとき者は、家をやぶり身を亡ぼせるともがら多し。
新字:国主にそむくのみならず、天下の主にそむくは、是小を以て大につかふる礼義をしらず。其上、国主と天下の主にそむきては、小身の城主、身をたつべきやうなき時勢を知らず、不智といふべし。礼義にそむき時勢をしらずして、つひに家と身とを失ふ。愚の至なり、時勢を知りて早く降参したる者は、皆災なくして家をたもてり。或は君に対し謀反をおこし、乱臣にくみし、乱逆を助けて、其君を亡ぼしても、幸にわが身を立てし者あれども、是不義の至、にくむべし。家をおこせしも栄とすべからず、恥とすべし。況やかくのごとき者は、家をやぶり身を亡ぼせるともがら多し。
書き下し
国主にそむくのみならず、天下の主にそむくは、是小を以て大につかふる礼義をしらず。其上、国主と天下の主にそむきては、小身の城主、身をたつべきやうなき時勢を知らず、不智といふべし。礼義にそむき時勢をしらずして、つひに家と身とを失ふ。愚の至なり、時勢を知りて早く降参したる者は、皆災なくして家をたもてり。或は君に対し謀反をおこし、乱臣にくみし、乱逆を助けて、其君を亡ぼしても、幸にわが身を立てし者あれども、是不義の至、にくむべし。家をおこせしも栄とすべからず、恥とすべし。況やかくのごとき者は、家をやぶり身を亡ぼせるともがら多し。
現代語訳
国主に背くだけでなく、天下の主に背くのは、小が大に仕える礼義を知らないことです。そのうえ、国主と天下の主に背いては、小身の城主が身を立てるすべのない時勢を知らないのですから、不智というべきです。礼義に背き時勢を知らずに、ついに家と身を失います。愚かの極みです。時勢を知って早く降参した者は、皆災いなく家を保ちました。あるいは主君に対して謀反を起こし、乱臣に与し、反逆を助けて主君を滅ぼしても、幸いにわが身を立てた者もいますが、これは不義の極みであり、憎むべきことです。それで家を興しても栄誉とすべきでなく、恥とすべきです。まして、このような者は家を破り身を滅ぼした者が多いのです。
解説
この章句が説くこと
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『文武訓』武訓下一小を以て大につかふること、是理の当然にして、天にしたがふ道なり。時の勢を知りて大にしたがふは、智者のする所なり。小を以て大にしたがはざるは、礼義にそむき時勢を知らず、はては国家と身とを失ひ、敵身方おほくの命をころす。是天にそむけるなり。無学にしておろかなる人、武道を知らずして、小を以て大にしたがひ、弱にして強にしたがふを恥辱とおもひ、血気の勇にほこり、大敵をあなどりて、敵の勢のさかんにして、我が力の敵しがたき事を知らず。是孫子が所謂、我を知らず彼を知らざるなり。小を以て大にしたがはずして兵をおこし、下として上をおかして乱をおこし、義理にそむくは、是血気の勇にして武にあらず。武を黷すといふ。からもやまとかくのごとくにして国家をうしなひ、身をほろぼして、天下後世のあざけりとなれる人多し、愚なりと云ふべし。
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『文武訓』武訓下近世にていはば、江州の浅井、越前の朝倉が、信長にしたがはず、小田原の北条氏が、秀吉にしたがはざる、これ、小を以て大につかふる道を知らざるなり。皆義のある所にあらず。つひに其家を亡ぼし身を亡ぼして、義にそむき、おほくの身方と敵とを殺せしこと、仁にそむく。是等の人の行ひしこと、皆不仁不智無礼無義といふべし。安芸にありし小早川隆景は、毛利輝元八ヶ国の主として大なりしかども、輝元をすすめて、はやく秀吉に属せしめ、人質を出し、信長薨じ給ひし後も、和義を変せずして秀吉に属し、つひに其父元就の領せし八州の地を失はず、智ありといふべし。又、信長、秀吉の功臣に国を給はりしは、其国にいまだ服せざる者多しといへども、たひらげよとて国をさづけ給ひしに、其国さぶらひ、一国に五人十人もありて、小身ながら、皆小城をもちて、その国主にしたがはず。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一善も悪も、かならず小をつみて大にいたる。故に善は小なりとて棄つべからず、悪は小なりとて行ふべからず。一古語に、忠臣は二君につかへず、烈女は両夫に更めずといへり。君子の道、節義を守るをおもしとす。節義とは、臣の君につかへ、婦の夫につかふるに、一すぢに忠節義理ありて二心なく、二君につかへず、両夫にあらためず。もし不幸にして、わが身艱難にくるしむとも、君をすて、夫にそむきて、身命ををしむべからず。命を失ふと忠貞の志を改めざるを、節義と云ふ。万の事いみじく、才能ありてうるはしき人も、節義をうしなひて、君にそむきて難をのがれ、夫をすてて人にしたがはば、其余は見るにたらず。一たび節義をうしなひて、利ある方につき、害ある方をのがれ、或は死ぬべき時に死なざれば、一生の名をけがすのみならず、後代までも、ながき悪名をながす。
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