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文武訓 / 武訓下

一義貞軍記曰、曾我祐成時宗が、親の敵を打ちし事、後輩これを學ぶべからず。若成人の後、かくのごとく年を送りて、いかなる横死にも逢ひなば、永く本意を空しくして、家の疵なるべし。只、親の敵をばのがすべからず、機嫌をも計るべからず。卽時に押寄せて勝負を決すべし。敵運あらば、我が命を捨てたらん事、達しぬとす。篤信謂、此說近世の儒、亦是をよしとする者あり。我思ふに、しからず。父の讎ある者は、本意を遂ぐるを主とす。兵法に、謀を專として勝つことをとるにおなじ。敵のちから士卒の多少、たとひ我とひとしき者なりとも、必ず用意をなし、謀をこのんで事をなしとげんことこそ、君子の本意ならめ。敵と我との强弱をはからず、只卽時に押寄せて、なまじひに卒爾のはたらきして、仕損じたらば、本意を遂げずして、人の物わらひとぞなるべき。

新字:一義貞軍記曰、曽我祐成時宗が、親の敵を打ちし事、後輩これを学ぶべからず。若成人の後、かくのごとく年を送りて、いかなる横死にも逢ひなば、永く本意を空しくして、家の疵なるべし。只、親の敵をばのがすべからず、機嫌をも計るべからず。即時に押寄せて勝負を決すべし。敵運あらば、我が命を捨てたらん事、達しぬとす。篤信謂、此説近世の儒、亦是をよしとする者あり。我思ふに、しからず。父の讎ある者は、本意を遂ぐるを主とす。兵法に、謀を専として勝つことをとるにおなじ。敵のちから士卒の多少、たとひ我とひとしき者なりとも、必ず用意をなし、謀をこのんで事をなしとげんことこそ、君子の本意ならめ。敵と我との強弱をはからず、只即時に押寄せて、なまじひに卒爾のはたらきして、仕損じたらば、本意を遂げずして、人の物わらひとぞなるべき。

書き下し

一義貞軍記に曰く、曽我祐成時宗が、親の敵を打ちし事、後輩これを学ぶべからず。若成人の後、かくのごとく年を送りて、いかなる横死にも逢ひなば、永く本意を空しくして、家の疵なるべし。只、親の敵をばのがすべからず、機嫌をも計るべからず。即時に押寄せて勝負を決すべし。敵運あらば、我が命を捨てたらん事、達しぬとす。篤信謂へらく、此説近世の儒、亦是をよしとする者あり。我思ふに、しからず。父の讎ある者は、本意を遂ぐるを主とす。兵法に、謀を専として勝つことをとるにおなじ。敵のちから士卒の多少、たとひ我とひとしき者なりとも、必ず用意をなし、謀をこのんで事をなしとげんことこそ、君子の本意ならめ。敵と我との強弱をはからず、只即時に押寄せて、なまじひに卒爾のはたらきして、仕損じたらば、本意を遂げずして、人の物わらひとぞなるべき。

現代語訳

『義貞軍記』にこうあります。「曾我祐成・時宗兄弟が親の敵を討ったことを、後の者は見習ってはならない。もし成人した後、あのように年月を送るうちに何かの非業の死にでも遭えば、長く本意を果たせず、家の恥となるだろう。ただ親の敵は逃してはならず、時機をうかがってもならない。すぐに押し寄せて勝負を決すべきだ。敵に運があって自分が命を捨てることになっても、それで本分を遂げたとする。」私、篤信(益軒)が思うに、この説は近ごろの儒者にもよしとする者がいます。しかし私はそうは思いません。父の仇がある者は、本意を遂げることを第一とします。兵法で謀を主にして勝ちを取るのと同じです。敵の力や兵の数がたとえ自分と同じくらいであっても、必ず用意をし、謀を好んで事を成し遂げることこそ、君子の本意でしょう。敵と自分の強弱を量らず、ただすぐに押し寄せて、なまじ軽はずみな働きをして失敗すれば、本意を遂げられず、人の笑いものになるでしょう。

解説

仇討ちは即座に行えという『義貞軍記』の説に、益軒がはっきり異を唱える条です。曾我兄弟は鎌倉初期、父の仇工藤祐経を長年の後に討った兄弟として知られます。益軒は、目的は勇ましく散ることではなく本意を遂げることだとし、兵法と同じく謀と準備を重んじます。今の私たちも、怒りや焦りから即座に動いて失敗することがあります。何のために動くのかを見失わず、勝てる形を整えてから踏み出すことが、結局は目的を果たす近道だという教えです。

この章句が説くこと

謀準備目的仇討ち曽我兄弟軽率

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