文武訓 / 武訓下
一兵を司る人は、大將も有司も兵法を知るべし。兵法は武藝をいふにはあらず、軍の道を知るをいふ。士卒をつらねわかち、進め退け命令を下す、是節制なり。是を正兵とす。又智謀を用ひて敵をはかり、軍をやる、是を權謀といふ。奇兵なり。此二は兵法なり。これ、大將有司の必ず知るべきことなり。又陣法の中に奇正あり、獨權謀のみを奇兵といふにあらず。
新字:一兵を司る人は、大将も有司も兵法を知るべし。兵法は武芸をいふにはあらず、軍の道を知るをいふ。士卒をつらねわかち、進め退け命令を下す、是節制なり。是を正兵とす。又智謀を用ひて敵をはかり、軍をやる、是を権謀といふ。奇兵なり。此二は兵法なり。これ、大将有司の必ず知るべきことなり。又陣法の中に奇正あり、独権謀のみを奇兵といふにあらず。
書き下し
一兵を司る人は、大将も有司も兵法を知るべし。兵法は武芸をいふにはあらず、軍の道を知るをいふ。士卒をつらねわかち、進め退け命令を下す、是節制なり。是を正兵とす。又智謀を用ひて敵をはかり、軍をやる、是を権謀といふ。奇兵なり。此二は兵法なり。これ、大将有司の必ず知るべきことなり。又陣法の中に奇正あり、独権謀のみを奇兵といふにあらず。
現代語訳
兵を司る人は、大将も役人も兵法を知らなければなりません。兵法とは武芸のことをいうのではなく、戦の道を知ることをいいます。兵士を並べて分け、進ませ退かせ、命令を下す、これが節制であり、これを正兵とします。また知恵と謀略を用いて敵を推し量り、軍を動かす、これを権謀といい、奇兵です。この二つが兵法であり、大将や役人が必ず知っておくべきことです。また陣法の中にも奇と正があり、権謀だけを奇兵というのではありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之五兵に正有り奇有り。凡そ兵を用ふるの道は、正を以て合ひ、奇を以て勝つ。故に兵を治むるには正を以てし、勝ちを求むるには奇を以てす。二者偏廃すべからず。軍旅を修整するには、正兵を貴ぶ。正兵とは、節制を用ふるの謂なり。分数辨別し、法律厳明なる、是れなり。権を制し変に応ずるには、奇兵を貴ぶ。奇兵とは、計策を用ふるの謂なり。常規の外に出でて、法律に拘らず。故に正兵は、兵を用ふるの経なり。奇兵は、兵を用ふるの権なり。
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『文武訓』武訓上一兵術は、将と士と貴賤の位によりて、大小の用ことなり、其位に切なることを先まなぶべし。主将たる人はいふに及ばず、士卒の長となる者も、兵術を知らざれば節制に応じがたし。大夫以上の人は兵術をしるべし。兵術は武芸の本なり。兵術をしらずして、弓馬剣戟の芸をのみ学ぶを武学と心得るは、本をすてて末をとるなり。主将たる人、兵術を知らずして、只武芸のみを学ぶは武学にはあらず。芸術のみを好みて本を知らざるは、物をもてあそべば志を喪ふの類なり。武芸は一人に敵する術なり、兵法は万人に敵する術なり。
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『文武訓』武訓上一士たる人は、高きいやしき、弓馬剣戟の法をまなぶべし。武芸を知らざれば、戦にのぞみ敵に対しがたし。されど、大将たる人は、まづ兵法をならひて、次に武芸をならふべし。武芸に専なるべからず。武芸はただ其大略をならふべし。武芸は末なり、兵法は本なり。有司も兵法をならふべし。将たる人、武芸のみ知りて兵法を知らざるは、本をすてて末をとるなり。小身の士は、武芸を大やうはあまねくまなぶべし。弓馬、剣術鎗長刀、抜刀、撃剣、拳法、棒、水練など皆ならひ知るべし。一事も知らざれば変に応じがたきことあり。小身の士も、一芸をすぐれて精しくまなぶは、一事になづみて他芸に通じがたし。故に一芸に専一なるべからず。然れども、もし士の子弟など、一芸を以て、身を立てんと思ふものは、芸を専にしてくはしくまなぶべし。これ人の師となるに足れり。かやうの人、もしあまねく多芸にしては、一芸にくはしからず、くはしからざれば人の師となりがたし。
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『文武訓』武訓上一日本の兵術を学んで、文学なき人は道理にうとし。人に教ふるに、日本の武道は、儒者のごとく、仁義忠信の道を用ふべからず、偽りたばからざれば勝利を得がたしといふ。又曰、夫兵は功を立つるにあり。もろこしにては魏の曹操のごとく、日本にては足利尊氏のごとき人は、仁義にそむきて人の国をうばひたれども、武将の本意なり。もろこしの諸葛孔明のごとく、日本の楠正成のごときは、忠義あれども功を立つることならず。是、武将の本意にあらず。兵は詭道なり、時の勢によりては、わが身方に対しても、いつはりて表裏を行ひ、人の功をうばひ、或は国をみだして、逆にしてとるも、兵術においては害なし。是、日本の武道なり。もろこしの道を以ては、日本の武道は行ひがたし。
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『文武訓』武訓下一兵を用ふるは、まことに武威を貴ぶ。しかれども、仁義の道なければ諸人の心従はず、武を用ひがたし。一良将のいくさは、はかりごとよく、おもんぱかり精しくして、勝ちやすきに勝つ。故に、士卒おほくはうち死なし。愚将暗主は此理を知らずして、敵身方士卒の多く死するを悦ぶは、不仁なるのみならず、軍の道におろかなる故なり。上兵は戦はずして勝つをよしとす。若やむことを得ずして戦ふとても、いくさの道よくはかりごとあるゆゑに、良将は敵をも身方をも多くころさず。古人の曰、将となること三世なれば子孫なし。いふ意は、天道は不仁をにくみ、ころすことをこのみ給はず。凡天が下の人は、皆天の子なれば、其子をころすことをにくみ給ふ故、人を殺すことをこのめば、其子孫絶ゆとなり。
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『文武訓』武訓上一甲冑の著やう、旗指物の制法、馬上にて刀を抜き鎗をつかひ、敵と組み合の法、或は不意に敵に出合ひたる時、敵に斬られず敵に勝つの法、凡匹夫の勇のはたらき、刀剣、及び馬芸につきてのわざ、又は戦場にあらずして、時の変に応ずる術も、士たる人習ひ知るべし。かやうの術を教ふる師あり、書あり、ならふべし。
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