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文武訓 / 武訓上

一國語といへる古書に、三時は農をつとめ、一時は武をならふといへり。いふ意は、田をつくる農人は、春夏秋の三時は、田圃をつとめてつくる故隙なし。冬は田作をはる故閑にして隙あり。山野にいでて狩をして、軍陣の法をまなぶ。是一時は武をならふなり。士も、三時は民のひまをうばはず。農は、春は耕し夏はくさとり、秋は田畠に出來たる穀をかりをさむ。此三時のひまををしみてつかふべからず。古人は治世にも武をわすれず、農隙には年ごとに武をならふ。後世は、亂世にあらざれは武の學びなし。抑弓馬劍戟は、ことにまなんで其術を知るべし。是藝なれば、知らずんばあるべからず。然れども、是をならふを以て武の學とするは末なり。

新字:一国語といへる古書に、三時は農をつとめ、一時は武をならふといへり。いふ意は、田をつくる農人は、春夏秋の三時は、田圃をつとめてつくる故隙なし。冬は田作をはる故閑にして隙あり。山野にいでて狩をして、軍陣の法をまなぶ。是一時は武をならふなり。士も、三時は民のひまをうばはず。農は、春は耕し夏はくさとり、秋は田畠に出来たる穀をかりをさむ。此三時のひまををしみてつかふべからず。古人は治世にも武をわすれず、農隙には年ごとに武をならふ。後世は、乱世にあらざれは武の学びなし。抑弓馬剣戟は、ことにまなんで其術を知るべし。是芸なれば、知らずんばあるべからず。然れども、是をならふを以て武の学とするは末なり。

書き下し

一国語といへる古書に、三時は農をつとめ、一時は武をならふといへり。いふ意は、田をつくる農人は、春夏秋の三時は、田圃をつとめてつくる故隙なし。冬は田作をはる故閑にして隙あり。山野にいでて狩をして、軍陣の法をまなぶ。是一時は武をならふなり。士も、三時は民のひまをうばはず。農は、春は耕し夏はくさとり、秋は田畠に出来たる穀をかりをさむ。此三時のひまををしみてつかふべからず。古人は治世にも武をわすれず、農隙には年ごとに武をならふ。後世は、乱世にあらざれは武の学びなし。抑弓馬剣戟は、ことにまなんで其術を知るべし。是芸なれば、知らずんばあるべからず。然れども、是をならふを以て武の学とするは末なり。

現代語訳

『国語』という古書に、「三つの季節は農に努め、一つの季節は武を習う」とあります。その意味は、田を作る農民は、春・夏・秋の三つの季節は田畑に努めて作るので暇がありません。冬は田作りが終わるので、閑で暇があります。山野に出て狩りをして、軍陣の法を学びます。これが「一つの季節は武を習う」ということです。士も、三つの季節は民の暇を奪いません。農は、春は耕し、夏は草を取り、秋は田畑にできた穀物を刈り収めます。この三つの季節の暇を惜しんで、民を使ってはいけません。昔の人は治世にも武を忘れず、農閑期には毎年武を習いました。後の世は、乱世でなければ武の学びがありません。そもそも弓馬や剣戟は、とくに学んでその術を知るべきです。これは芸ですから、知らなくてはなりません。けれども、これを習うことをもって武の学問とするのは末です。

解説

中国の古書『国語』にある「三時は農を務め、一時は武を講ず」を引き、昔は農閑期の冬に狩りをして軍法を学んだと説きます。上に立つ者は農繁期に民を使ってはならないという配慮も添えています。そして、平和になると武を忘れてしまう後世を戒め、弓馬剣戟の技は学ぶべきだが、それだけを武の学問とするのは末だと結びます。本業の繁忙期を避けて訓練や学びの時間を確保するという発想は、今の研修計画や防災訓練の組み方にも役立ちます。

この章句が説くこと

農武備え国語季節

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