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文武訓 / 武訓上

日本は武國なれば、もろこしの正直にして手ぬるき風俗にては、功を成しがたくして、日本の風俗にあはず。ひすかしくすゞどくて、人のなしたる功名をもうばひてわが功名とし、人の取りたる首をもうばひてわが勇とするが、日本の武道なりなどいひて、祕密して人にをしふ。是を聞く人無學にして不智なれば、其非を知らずして是を信じ、げにもとおもひ、常の時も、兵術の謀を用ひていつはりを行ひ、利を得るを以て心とする者多し。兵をまなぶ人、多くは是にまよへり。あさましきひがごとは辯ずるにもたらず。又、辯じて人とあらそはんもいたづかはしく口をし。されど、天下の民は皆わが同胞なれば、わが兄弟のおろかにまよへる人の、あしき方にいざなはるゝは、いとかなしむべきことなり。

新字:日本は武国なれば、もろこしの正直にして手ぬるき風俗にては、功を成しがたくして、日本の風俗にあはず。ひすかしくすゞどくて、人のなしたる功名をもうばひてわが功名とし、人の取りたる首をもうばひてわが勇とするが、日本の武道なりなどいひて、秘密して人にをしふ。是を聞く人無学にして不智なれば、其非を知らずして是を信じ、げにもとおもひ、常の時も、兵術の謀を用ひていつはりを行ひ、利を得るを以て心とする者多し。兵をまなぶ人、多くは是にまよへり。あさましきひがごとは弁ずるにもたらず。又、弁じて人とあらそはんもいたづかはしく口をし。されど、天下の民は皆わが同胞なれば、わが兄弟のおろかにまよへる人の、あしき方にいざなはるゝは、いとかなしむべきことなり。

書き下し

日本は武国なれば、もろこしの正直にして手ぬるき風俗にては、功を成しがたくして、日本の風俗にあはず。ひすかしくすずどくて、人のなしたる功名をもうばひてわが功名とし、人の取りたる首をもうばひてわが勇とするが、日本の武道なりなどいひて、秘密して人にをしふ。是を聞く人無学にして不智なれば、其非を知らずして是を信じ、げにもとおもひ、常の時も、兵術の謀を用ひていつはりを行ひ、利を得るを以て心とする者多し。兵をまなぶ人、多くは是にまよへり。あさましきひがごとは弁ずるにもたらず。又、弁じて人とあらそはんもいたづかはしく口をし。されど、天下の民は皆わが同胞なれば、わが兄弟のおろかにまよへる人の、あしき方にいざなはるるは、いとかなしむべきことなり。

現代語訳

「日本は武の国なので、中国の正直で手ぬるい風俗では功を成しにくく、日本の風俗に合わない。ずるく抜け目なくて、人の立てた功名をも奪って自分の功名とし、人の取った首をも奪って自分の勇とするのが日本の武道だ」などと言って、秘伝として人に教えます。これを聞く人は学問がなく知恵がないので、その誤りを知らずに信じ、なるほどと思い、平時も兵術の謀を用いて偽りを行い、利を得ることを心とする者が多いのです。兵を学ぶ人の多くは、これに迷っています。あさましい誤りは論じるにも足りません。また論じて人と争うのも煩わしく口惜しいことです。けれども、天下の民はみな私の同胞ですから、私の兄弟が愚かに迷って、悪い方へ誘われるのは、たいへん悲しむべきことです。

解説

前の段に続き、人の手柄を奪うことまで「日本の武道」と称して秘伝のように教える兵法家と、それを信じて平時にも策略で利を得ようとする人々を描きます。益軒は、論じるのも煩わしいと言いながら、天下の民はみな同胞であり、兄弟が悪い道に誘われるのを見過ごせないと語ります。この思いやりが益軒が筆を執った動機です。ずる賢さを「処世術」として教える風潮は今もあります。それを黙って見過ごさず、正すことが人への愛情だという姿勢に学べます。

この章句が説くこと

武道偽り同胞仁処世

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