文武訓 / 文訓下之末
一詩と文章を作るに、奇怪の文字を好むと、淺俗なる詞を用ふると、此二を忌むべし。是その法なり。今時の人詩文を作るに、めづらしき奇しき文字をこのむ、或は又いやしき俗語を用ふ。二ながら不可なり。奇異なる文詞をなすを以て巧とすること、風俗のあしき習なり。文詩ともに平易にして、いやしからざるをよしとす。
新字:一詩と文章を作るに、奇怪の文字を好むと、浅俗なる詞を用ふると、此二を忌むべし。是その法なり。今時の人詩文を作るに、めづらしき奇しき文字をこのむ、或は又いやしき俗語を用ふ。二ながら不可なり。奇異なる文詞をなすを以て巧とすること、風俗のあしき習なり。文詩ともに平易にして、いやしからざるをよしとす。
書き下し
一詩と文章を作るに、奇怪の文字を好むと、浅俗なる詞を用ふると、此二を忌むべし。是その法なり。今時の人詩文を作るに、めづらしき奇しき文字をこのむ、或は又いやしき俗語を用ふ。二ながら不可なり。奇異なる文詞をなすを以て巧とすること、風俗のあしき習なり。文詩ともに平易にして、いやしからざるをよしとす。
現代語訳
詩と文章を作るのに、奇怪な文字を好むことと、浅く卑俗な言葉を用いること、この二つを忌むべきです。これがその法です。今の人は詩文を作るのに、珍しく奇妙な文字を好んだり、あるいはまた卑しい俗語を用いたりします。二つとも良くありません。奇異な文章を作ることを巧みとするのは、悪い風潮の習わしです。文も詩もともに、平易で、しかも卑しくないのをよしとします。
解説
文章を書くときの二つの戒めを示した一節です。一つは難しい珍しい字を好んで使うこと、もう一つは卑しい俗語を使うこと。益軒は、平易でありながら品を失わない文章が最上だと言います。これは今の文章術の基本とまったく同じです。専門用語や難しい言葉を並べると読み手が離れ、くだけすぎると信頼を失います。報告書でもメールでも、分かりやすくて品のある言葉を選ぶことが、読み手への礼儀であり、伝わる文章への近道です。
この章句が説くこと
文章平易品位言葉詩文
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