文武訓 / 文訓下之末
又佛書にあらざれども、漢字を以て、妄につゞけて作り出せる俗語多し。儒書は、佛書より早くわたりしかど、讀む人多からざりしにや、これを用ひて俗語とせしはすくなし。時俗の語と、漢字の音と相まじへて和語を作る。言語の字をつらぬること、多くは文理いやしくつたなくして、且字義かなはざること多し。近世の俗語は、又いよいよいやし。文理義にあたらざること多し。もろこしの俗語だにも、後世はいやしきこと多し。況やわが國文字のつたなきをや。
新字:又仏書にあらざれども、漢字を以て、妄につゞけて作り出せる俗語多し。儒書は、仏書より早くわたりしかど、読む人多からざりしにや、これを用ひて俗語とせしはすくなし。時俗の語と、漢字の音と相まじへて和語を作る。言語の字をつらぬること、多くは文理いやしくつたなくして、且字義かなはざること多し。近世の俗語は、又いよいよいやし。文理義にあたらざること多し。もろこしの俗語だにも、後世はいやしきこと多し。況やわが国文字のつたなきをや。
書き下し
又仏書にあらざれども、漢字を以て、妄につづけて作り出せる俗語多し。儒書は、仏書より早くわたりしかど、読む人多からざりしにや、これを用ひて俗語とせしはすくなし。時俗の語と、漢字の音と相まじへて和語を作る。言語の字をつらぬること、多くは文理いやしくつたなくして、且字義かなはざること多し。近世の俗語は、又いよいよいやし。文理義にあたらざること多し。もろこしの俗語だにも、後世はいやしきこと多し。況やわが国文字のつたなきをや。
現代語訳
また仏書でなくても、漢字をみだりに続けて作り出した俗語が多くあります。儒書は仏書より早く渡ってきましたが、読む人が多くなかったのでしょうか、これを用いて俗語としたものは少ないのです。世間の言葉と漢字の音とを混ぜ合わせて和語を作りました。言葉の字を連ねるのに、多くは文理が卑しく拙く、そのうえ字の意味が合わないものが多いのです。近ごろの俗語は、いよいよ卑しくなっています。文理や字の意味にかなわないものが多いのです。中国の俗語でさえ、後の時代は卑しいものが多いのです。ましてわが国の文字の拙さはなおさらです。
解説
この章句が説くこと
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『酔古堂剣掃』集倩・詩に方言を用ふ詩に方言を用ふるは、豈に是れ采風の子ならんや。 談ずること徘語に鄰すれば、恐らくは拂麈の羞を貽さん。
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