文武訓 / 文訓下之末
一靑箱雜記曰。張齋賢作詩。自警兼遺子孫。雖詞語質朴。而事理切當。足爲規戒。本邦、平時賴、和歌百首を作りて規戒とし、蜷川親當も、亦和歌二百首を作りて箴諫とす。しかれども、此二人皆學識なき故に、其詞鄙俚にして、其意も亦可なる者すくなし。世敎に志ある人、古歌の意義可なる者をえらび、或は、別に和歌を作りて、幼穉の輩を曉さば、亦人に益あるにちかゝらん。
新字:一青箱雑記曰。張斎賢作詩。自警兼遺子孫。雖詞語質朴。而事理切当。足為規戒。本邦、平時頼、和歌百首を作りて規戒とし、蜷川親当も、亦和歌二百首を作りて箴諫とす。しかれども、此二人皆学識なき故に、其詞鄙俚にして、其意も亦可なる者すくなし。世教に志ある人、古歌の意義可なる者をえらび、或は、別に和歌を作りて、幼穉の輩を暁さば、亦人に益あるにちかゝらん。
書き下し
一青箱雑記に曰く、張斎賢詩を作りて、自ら警め兼ねて子孫に遺す。詞語質朴なりと雖も、而も事理切当にして、規戒と為すに足る。本邦、平時頼、和歌百首を作りて規戒とし、蜷川親当も、亦和歌二百首を作りて箴諫とす。しかれども、此二人皆学識なき故に、其詞鄙俚にして、其意も亦可なる者すくなし。世教に志ある人、古歌の意義可なる者をえらび、或は、別に和歌を作りて、幼穉の輩を暁さば、亦人に益あるにちかからん。
現代語訳
『青箱雑記』に言います。「張斎賢は詩を作って、自らを戒め、あわせて子孫に遺した。言葉は素朴であったが、事の道理は的確で、戒めとするに十分であった」。わが国でも、平時頼は和歌百首を作って戒めとし、蜷川親当もまた和歌二百首を作って戒めとしました。けれども、この二人はどちらも学識がなかったので、その言葉は卑俗で、その意味もまたよいものは少ないのです。世の教えに志のある人が、古歌のうち意味のよいものを選び、あるいは別に和歌を作って、幼い者たちを諭せば、また人に益があるのに近いでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之三青箱雑記に曰く、張斉賢詩を作りて自ら警め、兼ねて子孫に遺す。詞語質朴なりと雖も、事理切当にして、規戒と為すに足る、と。本邦の平時頼和歌百首を作り、以て規戒と為す。蜷川親当も亦和歌二百首を作りて、箴諫と為す。然れども此の二人は皆学識無し。故に其の詞鄙俚にして、其の意も亦可なる者鮮し。世教に志有る者、古歌の意義可なる者を撰び、又別に和歌を作りて、以て児女及び卑幼の輩を暁さば、亦人に益有るに庶からん。
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『文武訓』文訓下之末いにしへ和歌をよくよめる人、必ず賢人君子にもあらざれども、其内に、人情をよくいひかなへたること多し是亦其歌に感じて、善心をおこし、情をもよほす助となれり。この意を以て、歌をこのみもてあそばば、もろこしの詩の教と同じく、善にうつる益多かるべし。されど、和歌には、好色の歌多し。是は詩にていはば、鄭衛の風なれば教とならず。かへつて、淫風をみちびく媒となりぬべし。悪しきをばいましめとすべしといふ説あれど、それは君子のみさをある人はさも有るべし。かかる人は稀なれば、あしきにうつる助とならんことおそるべし。詩三百篇は、聖人のえらび定め給へり。和歌もかかる明哲の人ありて、よき悪しきをえりととのへば、皆教となるべし。
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『文武訓』文訓上之末一詩文章を作るに、故事を引用ふること用意あるべし。其所に引かでかなはざる所に用ふべし。さなき所に用ふるは、是、広才に誇りかがやかさんためなれば、かへつて拙くして見ぐるし。和文も亦如斯なるべし。一其才器ありて、詩歌を作らんは誠によし。そのうつはものにあらずば、しひて詩歌をつくりて、人にわらはるべからず。もし、詩歌を作らば、詩歌をよく知れる人を師として、其人に見せて其あしきを改むべし。もし明師にあはずんば、略詩歌を知れる正直なる友に見せて、其評論をうけて改正し、其後人に示すべし。わが作れることは、わか心の私にひかれ、そのほどより能く見えて、ほこる心もあれど、人はさも思はず、かへりてあざけり笑はるること多し。
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『文武訓』文訓上本邦の古文、淫靡柔軟の風をば見習ふべからず。麗飾を事とし、奇巧をこのむは、儒者の文にそむけるのみならず、文人の文においても貴ぶ所にあらず。凡、わが国の詩文は国俗にあらざれば、和歌和文の絶妙なるには、いささかくらぶべうもなくおとれりといふべし。本朝いにしへの名家、詩文にたくみなりといはれし人の作も、近代もろこしの名もなき末の世の作に及ばず。文字を業とする人にあらずんば、詩は作らずともありぬべし。されど今時は、世に詩をよく作る人多しといへば、古にもまされるなるべし。斯く天才あらば、作りても恥なかるべし。
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『文武訓』文訓上之末才学ありても天性詩につたなき人あり。曽南豊が詩のよからざるがごとし。わが得ざることは好むべからず。わが国にてはさいはひに、和歌をよんで、情を述ぶるにあまりありて事たりぬ。たとひ文学ありて詩を作るだに、わが国の歌をすてて、異国の風俗の詩を好み作ること、近きをすてて遠きにはしるあやまりあり。況や、文学つたなくして詩をつくり、かへつてわが風俗の和歌を捨つるはつみあり。
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『文武訓』文訓下之末されど今、いにしへの和歌を見ん人、此理をもてえらばば教となるべし。和歌をよくえらび用ひば、其益などかなかるべき。近き世の和歌は、只言葉をたくみにしてかざれるをこのみて、其志をいふことはすくなし。詩も和歌も、志をいふをむねとすべし。言葉は只ふるきを用ひ、いやしからざるを以てよしとすべし。言葉をたくみにせんとすれば、和歌の本意をうしなふ。わが身、和歌をつくることかなはずとも、古人の歌をえらび用ひば、かへつて我がよむにはまさりなん。
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