文武訓 / 文訓上
本邦の古文、淫靡柔軟の風をば見習ふべからず。麗飾を事とし、奇巧をこのむは、儒者の文にそむけるのみならず、文人の文においても貴ぶ所にあらず。凡、わが國の詩文は國俗にあらざれば、和歌和文の絕妙なるには、いさゝかくらぶべうもなくおとれりといふべし。本朝いにしへの名家、詩文にたくみなりといはれし人の作も、近代もろこしの名もなき末の世の作に及ばず。文字を業とする人にあらずんば、詩は作らずともありぬべし。されど今時は、世に詩をよく作る人多しといへば、古にもまされるなるべし。斯く天才あらば、作りても恥なかるべし。
新字:本邦の古文、淫靡柔軟の風をば見習ふべからず。麗飾を事とし、奇巧をこのむは、儒者の文にそむけるのみならず、文人の文においても貴ぶ所にあらず。凡、わが国の詩文は国俗にあらざれば、和歌和文の絶妙なるには、いさゝかくらぶべうもなくおとれりといふべし。本朝いにしへの名家、詩文にたくみなりといはれし人の作も、近代もろこしの名もなき末の世の作に及ばず。文字を業とする人にあらずんば、詩は作らずともありぬべし。されど今時は、世に詩をよく作る人多しといへば、古にもまされるなるべし。斯く天才あらば、作りても恥なかるべし。
書き下し
本邦の古文、淫靡柔軟の風をば見習ふべからず。麗飾を事とし、奇巧をこのむは、儒者の文にそむけるのみならず、文人の文においても貴ぶ所にあらず。凡、わが国の詩文は国俗にあらざれば、和歌和文の絶妙なるには、いささかくらぶべうもなくおとれりといふべし。本朝いにしへの名家、詩文にたくみなりといはれし人の作も、近代もろこしの名もなき末の世の作に及ばず。文字を業とする人にあらずんば、詩は作らずともありぬべし。されど今時は、世に詩をよく作る人多しといへば、古にもまされるなるべし。斯く天才あらば、作りても恥なかるべし。
現代語訳
わが国の古い文の、淫らで柔弱な風を見習ってはいけません。美しい飾りを事とし、奇抜さを好むのは、儒者の文にそむくばかりでなく、文人の文としても尊ぶところではありません。およそわが国の詩文は国の風俗ではないので、和歌や和文のすぐれたものには少しも比べようもなく劣っていると言うべきです。わが国の昔の名家で、詩文に巧みだと言われた人の作でも、近代中国の名もない末の世の作に及びません。文字を業とする人でなければ、漢詩は作らなくてもよいでしょう。しかし今の時代は、世に詩をよく作る人が多いと言われるので、昔よりもまさっているのでしょう。このように天の才能があるなら、作っても恥ずかしくないでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』文訓下之末一本邦の和歌と和文と、詩文とをくらべば、和歌和文はもろこしの詩文に及ぶべし。わが国の詩文は、大におとりて、同日にもかたるべからず。国俗と土宜にかなはず。されど文章は其事をしるし、其理を述べんために作らでは、事かけぬべし。
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『文武訓』文訓下之末一日の本は、もと温和慈愛の国なる故に、和歌も温雅にして情ふかし。其上精しく巧なること、もろこしの詩にもおとるべからず。和文も亦しかり。然らば学者も、なるべきほどは和歌を学び、和文を作るべし。是わが国の風俗土宜にかなひて、国風にそむかざるなり。わが国に生れて、和歌和文をすてて、もろこしの風を専につくること、わが国にそむけり。其つみふかし。わがともがらは才つたなくて、やまともろこしの才なければ、からやまとの詩文歌詞をつくることかなはず。其道理をいはば、おそらくはかくの如くなるべし。
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『文武訓』文訓下一凡日本の人、古より経書をときて義理を講じ、詩文を作る、皆粗にやぶる。精密の工夫なし。是学の中華に及ばざる所なり。秀でたる作者数輩の外は、皆拙俗にちかければ、和歌和文のみやびやかにして能きにはくらべがたし。これにならはば、おそらくはなづみて作文に妨あるべし。
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『文武訓』文訓下一凡吾邦の人、詩文を作るに、只奇異なる文字を多くつらね、故事を処々に引出したるのみにて、まことの志をあらはし、情をふくめることなく、義理なし、質実ならずして奇異をこのむは、文章の本意を失へり。詩は志を言ふを本とす。文は理を論ずると事をしるすを本とす。たくみをこのみかざりを専にし、無用の言葉をつらぬるは益なし。詩文を作る本意にあらず。
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『文武訓』文訓上之末一わが日の本の人、いにしへは、やまとうたにはたくみなれど、詩文章は、わが国のことばにあらざれば、久しく心を用ひて作れる人も、中夏の作には及はず、法にかなはずしてひがごと亦多し。況やわがともがら、いやしきことばを人にあらはし、みづからいみじと思へど、人のわらはん事はづかし。
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『文武訓』文訓下之末一詩を多く作りても、学問に益なし。詩をよく作る人も、心をくるしめ、思案せざれば出来ず。かくの如くせざれば、杜子美といへどもよき詩を作らず。いはんや此国今俗の詩をや。拙きことむべなり。日本人、唐詩を作るは、詞も心もかなはず、志をのべがたし。わが国の風土に合はざる故なり。和歌を詠ずるには甚及ばず。しかれば詩は作らず、只和歌を詠ずるは、是風俗土宜にかなひて宜しかるべし。
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