文武訓 / 文訓下之末
一日本には、中世以後正史なし。野史もまれにして詳ならず。此故天下の大事だに正しくしるしたる書なければ、野史に少ししるしたるにては、その事詳ならず。實否うたがはし。况や國々の事、其國に文字を知れる者なければしるさず。後年に、他方よりそのありしを、聞傳へにまかせて記せるは、多くはそらごとあるべし。正史なく國記なき事、うらめし。日本は諸國にまさりたる上國なるに、此事闕けたる事、異國人の聞くもあさまし。
新字:一日本には、中世以後正史なし。野史もまれにして詳ならず。此故天下の大事だに正しくしるしたる書なければ、野史に少ししるしたるにては、その事詳ならず。実否うたがはし。況や国々の事、其国に文字を知れる者なければしるさず。後年に、他方よりそのありしを、聞伝へにまかせて記せるは、多くはそらごとあるべし。正史なく国記なき事、うらめし。日本は諸国にまさりたる上国なるに、此事闕けたる事、異国人の聞くもあさまし。
書き下し
一日本には、中世以後正史なし。野史もまれにして詳ならず。此故天下の大事だに正しくしるしたる書なければ、野史に少ししるしたるにては、その事詳ならず。実否うたがはし。況や国々の事、其国に文字を知れる者なければしるさず。後年に、他方よりそのありしを、聞伝へにまかせて記せるは、多くはそらごとあるべし。正史なく国記なき事、うらめし。日本は諸国にまさりたる上国なるに、此事闕けたる事、異国人の聞くもあさまし。
現代語訳
日本には、中世以後、正史がありません。野史もまれで詳しくありません。そのため天下の大事でさえ正しく記した書がないので、野史に少し記してあるだけでは、その事は詳しく分からず、真偽も疑わしいのです。まして国々の事は、その国に文字を知る者がいなければ記されません。後年に他所から、そのあったことを聞き伝えのままに記したものは、多くは作り話があるでしょう。正史も国の記録もないことは残念です。日本は諸国にまさった上国なのに、このことが欠けているのは、異国の人が聞いてもあきれることです。
解説
この章句が説くこと
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