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史記 / 仲尼弟子列伝

自子石已右三十五人、顯有年名及受業見于書傳。其四十有二人、無年及不見書傳者。冉季字子產、公祖句茲字子之、秦祖字子南、漆雕哆字子斂、顏高字子驕、壤駟赤字子徒、石作蜀字子明、任不齊字選、公良孺字子正、后處字子裏、秦冉字開、公夏首字乘、奚容箴字子皙、公肩定字子中、顏祖字襄、鄡單字子家、罕父黑字子索、秦商字子丕、申黨字周、榮旂字子祈、縣成字子祺、左人郢字行、燕伋字思、鄭國字子徒、施之常字子恒、顏噲字子聲、步叔乘字子車、樂欬字子聲、廉絜字庸、叔仲會字子期、顏何字冉、狄黑字皙、孔忠、公西輿如字子上之屬。

新字:自子石已右三十五人、顕有年名及受業見于書伝。其四十有二人、無年及不見書伝者。冉季字子産、公祖句茲字子之、秦祖字子南、漆雕哆字子斂、顏高字子驕、壤駟赤字子徒、石作蜀字子明、任不斉字選、公良孺字子正、后処字子裏、秦冉字開、公夏首字乗、奚容箴字子皙、公肩定字子中、顏祖字襄、鄡単字子家、罕父黒字子索、秦商字子丕、申党字周、栄旂字子祈、県成字子祺、左人郢字行、燕伋字思、鄭国字子徒、施之常字子恒、顏噲字子声、歩叔乗字子車、楽欬字子声、廉絜字庸、叔仲会字子期、顏何字冉、狄黒字皙、孔忠、公西輿如字子上之属。

書き下し

子石より右(以上)の三十五人は、顕らかに年名及び業を受くること書伝に見ゆ。其の四十有二人は、年無く及び書伝に見えざる者なり。冉季字は子産、公祖句茲字は子之、秦祖字は子南、漆雕哆字は子斂、顏高字は子驕、壤駟赤字は子徒、石作蜀字は子明、任不齊字は選、公良孺字は子正、后處字は子裏、秦冉字は開、公夏首字は乘、奚容箴字は子皙、公肩定字は子中、顏祖字は襄、鄡單字は子家、罕父黑字は子索、秦商字は子丕、申黨字は周、榮旂字は子祈、縣成字は子祺、左人郢字は行、燕伋字は思、鄭國字は子徒、施之常字は子恒、顏噲字は子聲、步叔乘字は子車、樂欬字は子聲、廉絜字は庸、叔仲會字は子期、顏何字は冉、狄黑字は皙、孔忠、公西輿如字は子上の属なり。

現代語訳

「子石までの三十五人は、生没年や事跡が記録に残っている。残る四十二人は、年齢も不明で記録にも見えない者たちである」——として、冉季(子産)、公祖句茲、秦祖、漆雕哆をはじめとする多くの弟子の名と字だけが列挙される、門人名簿の一段である。ここに名を連ねる人々は、目立った逸話や事績は伝わっていないが、確かに孔子の門下として教えを受け、その名が記録にとどめられた。

解説

華々しい事績を残した一握りの弟子だけでなく、名前しか伝わらない大勢の門人までを、司馬遷が丁寧に記録した——「記録に残す」ことの意味を静かに問いかける名簿の一段です。孔子の弟子は七十七人(一説に三千人)とされますが、顔回・子貢・子路のように後世に名を轟かせたのはごく一部。大多数は、この名簿のように名と字が記されるだけで、具体的な事績は伝わっていません。しかし司馬遷は、彼らを「無名だから」と切り捨てず、一人ひとりの名を書き留めました。ここには二つの示唆があります。第一に、どんな偉大な事業・組織も、名を残す少数の中心人物だけでなく、記録に残らない多くの人々の存在によって支えられているということ。表舞台に立たない大勢の貢献を忘れてはならない。第二に、「記録する」という行為そのものの価値です。伯夷列伝で司馬遷が説いたように、優れた行いも、書き留められなければ後世に届かない。名簿に載ったこの四十二人は、事績こそ不明でも、記録されたことで二千年後の今日まで名を残しました。組織においても、目立たない貢献者を可視化し、記録に残す配慮が、その集団の厚みと敬意の文化を作ります。

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