文武訓 / 文訓下之末
一巫祝のともがら、其家に祕して、上古の和字と稱して、符まもりに書く所の字あり。これ漢字を以て作れるなり。遵生八牋、不求人等に載せたる符章の僞字と頗同じ。是其もと、もろこしより來れる僞字なることを知らで、上古の和字とおもへるはひがごとなり。
新字:一巫祝のともがら、其家に秘して、上古の和字と称して、符まもりに書く所の字あり。これ漢字を以て作れるなり。遵生八牋、不求人等に載せたる符章の偽字と頗同じ。是其もと、もろこしより来れる偽字なることを知らで、上古の和字とおもへるはひがごとなり。
書き下し
一巫祝のともがら、其家に秘して、上古の和字と称して、符まもりに書く所の字あり。これ漢字を以て作れるなり。遵生八牋、不求人等に載せたる符章の偽字と頗同じ。是其もと、もろこしより来れる偽字なることを知らで、上古の和字とおもへるはひがごとなり。
現代語訳
巫女や祝(はふり)のたぐいが、その家に秘伝として、上古の和字と称して、お札やお守りに書く字があります。これは漢字をもとに作ったものです。『遵生八牋』や『不求人』などに載っている符章の偽字とかなり同じです。これはもともと中国から来た偽字であることを知らずに、上古の和字と思っているのは誤りです。
解説
江戸時代には、漢字以前の日本に固有の文字(いわゆる神代文字)があったと唱える人がいました。益軒は、神職が秘伝として護符に書く字は、中国の養生書や日用書に載る道教系の符字とよく似ており、実は中国由来の偽字だと見抜いています。本草学者として実物を比べて確かめる益軒の実証的な姿勢がよく表れた一節です。由緒ありげな言い伝えや「秘伝」を鵜呑みにせず、出どころを調べて比べてみる態度は、情報があふれる今こそ大切です。
この章句が説くこと
文字偽物実証秘伝考証
関連する章句
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『文武訓』文訓下之末又仏書にあらざれども、漢字を以て、妄につづけて作り出せる俗語多し。儒書は、仏書より早くわたりしかど、読む人多からざりしにや、これを用ひて俗語とせしはすくなし。時俗の語と、漢字の音と相まじへて和語を作る。言語の字をつらぬること、多くは文理いやしくつたなくして、且字義かなはざること多し。近世の俗語は、又いよいよいやし。文理義にあたらざること多し。もろこしの俗語だにも、後世はいやしきこと多し。況やわが国文字のつたなきをや。
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『文武訓』文訓下之末一わが日の本上古の言は、もとより風雅にして、中臣祓の詞の如く、又歌の言葉に似て、今の俗の俚語に、大にかはりていやしからざるべし。神功皇后新羅を征し給ひしよりこのかた、ひとの国とわが国と、やうやく交り通じて、漢字伝り来り、太子以下、聖経を読みならひ給ふ。其後、漢字の音は、わが国の人の口にかなはずして、和音五十字の相通を以て、五音を相かなへて、別に和音をつけて、漢音を改めて和音とす。今の漢字の音是なり。ここを以て、文字は中華の字にして、音は唐音にあらず和音なり。和音なれども、五音相通する道ありてしかり。其後、又仏書伝り来り、これを誦する者多し。是より後は、上古の和語はやうやくすたり、仏書の連続せる文字を以て、俗語とすること多し。
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『文武訓』文訓上之末一文学なき人の、漢字の文を書くは、文理ちがひてことわりきこえず。又つづかざる字をみだりにつづけ、字の置所ちがひ、文字筆画もあやまり多し。故に、文字なき人、事を記さんとせば、ふつつかなりとも只国字を以て書くべし。或は、世間通用の俗文を以てかくもよし。仮名と俗文はあさはかなりとて、漢文を以て書くべからず。文学なき人の漢字をつらね書くは、ひがごとのみ多くして、よみがたく理きこえず。人のわらひぐさとなるもはづかし。漢字を知らざる人は、みづからそのひがひがしき事を知らずして恥ぢず。又、仮名にて事をしるすも同じ。ふるき和文を知らざれば、ひが事多くして、文理ちがひ、かなづかひ、てには、皆あやまり多くしてわらふべし。必ず知らずしてみだりに書くべからず。事をしるすに、かざりて拙き文を以てしるさんよりは、俗語を以て、かざらずして書きたるは、いやしけれど、かへつて、文理明かにして見やすし。凡文字を作るには、人の見やすく心得よきをよしとすべし。
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『文武訓』文訓上近世国俗の書、其風も習も甚だいやしく拙し。本邦の書も古はよし。もろこしの人もほめたり。只其風体は中華に及ばず。凡手跡は、筆法正しくして読みやすきをよしとす。用ある文など、よみがたければ、巧なれども用ひがたし。読みやすき書も、いやしければ本法にかなはず。国字は別にわが国の法あり、ならふべし。真字はもろこしの書を学ぶべし。日本流の真字、から流の仮字、いづれもあるまじきことなり。中華の書は、淳化法帖、殊に王羲之以下諸名家の法帖など法とすべし。一書によく通ずれば、諸家もまなびやすし。算法は日用に切要なり。たかきいやしき必ずならふべし。わが国の風俗にて、高位の人は算をならはず。是古の法にあらず。大名高家にうまるる人は、貧賤なる人より、殊更算法を知らずんば有るべからず。
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『文武訓』文訓上之末一文字知らぬ人は、つねの言語にもあやまり多く、かたことありて聞きにくし。又、書状の詞もつたなくして、理もきこえず。かくの如くなれば、つねの才行よりも、はるかに人に見くだされ、人に笑はれて、弁の人にすぐれたるも、貌のうるはしきも、むなしくなるこそあさましけれ。又世に行はるる通用の文字言語の字、諸物の名の文字を知らざれば、世事にうとく、事ゆかざること多し。世間通用の文字をもつとめて知るべし。経史の文字を知るにくらぶれば、きはめてたやすきことなり。少し心にかくべし。それだに知らざるは、むげにいやしむべし。
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『玉勝間』十一の巻 上つ代にも一種の文字有りけんと云ふ事近きころ或る書に云えるは、理を以てこれを推すに、上古必ず応に一種の文字有るべし、しからずんばその事由りて伝うる莫し。けだし文史の興るは、履中天皇の時に在るか。神武より履中に至るまで、既に数百載を歴たり、その間政治の沿革、上下の譜系、言語歌謡に至るまで、既に繁くかつ多し、いわんや開闢以降、恐らくは口伝の堪うる所に非ず。と云えり。一わたりは誰もみな、然思うべき事なれども、これはつねに文字をつかいならいて、万の事を、それにゆだぬる世の心をもて思うからなり、文字無かりし世は、またさて事は足りて、思いのほかなる物にぞ有りけむ。さればもし上つ代の人に、この説を聞かせたらむには、かえりて笑いぬべきなり。
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