文武訓 / 文訓上之末
一文學なき人の、漢字の文を書くは、文理ちがひてことわりきこえず。又つゞかざる字をみだりにつゞけ、字の置所ちがひ、文字筆畫もあやまり多し。故に、文字なき人、事を記さんとせば、ふつゝかなりとも只國字を以て書くべし。或は、世間通用の俗文を以てかくもよし。假名と俗文はあさはかなりとて、漢文を以て書くべからず。文學なき人の漢字をつらね書くは、ひがごとのみ多くして、よみがたく理きこえず。人のわらひぐさとなるもはづかし。漢字を知らざる人は、みづからそのひがひがしき事を知らずして恥ぢず。又、假名にて事をしるすも同じ。ふるき和文を知らざれば、ひが事多くして、文理ちがひ、かなづかひ、てには、皆あやまり多くしてわらふべし。必ず知らずしてみだりに書くべからず。事をしるすに、かざりて拙き文を以てしるさんよりは、俗語を以て、かざらずして書きたるは、いやしけれど、かへつて、文理明かにして見やすし。凡文字を作るには、人の見やすく心得よきをよしとすべし。
新字:一文学なき人の、漢字の文を書くは、文理ちがひてことわりきこえず。又つゞかざる字をみだりにつゞけ、字の置所ちがひ、文字筆画もあやまり多し。故に、文字なき人、事を記さんとせば、ふつゝかなりとも只国字を以て書くべし。或は、世間通用の俗文を以てかくもよし。仮名と俗文はあさはかなりとて、漢文を以て書くべからず。文学なき人の漢字をつらね書くは、ひがごとのみ多くして、よみがたく理きこえず。人のわらひぐさとなるもはづかし。漢字を知らざる人は、みづからそのひがひがしき事を知らずして恥ぢず。又、仮名にて事をしるすも同じ。ふるき和文を知らざれば、ひが事多くして、文理ちがひ、かなづかひ、てには、皆あやまり多くしてわらふべし。必ず知らずしてみだりに書くべからず。事をしるすに、かざりて拙き文を以てしるさんよりは、俗語を以て、かざらずして書きたるは、いやしけれど、かへつて、文理明かにして見やすし。凡文字を作るには、人の見やすく心得よきをよしとすべし。
書き下し
一文学なき人の、漢字の文を書くは、文理ちがひてことわりきこえず。又つづかざる字をみだりにつづけ、字の置所ちがひ、文字筆画もあやまり多し。故に、文字なき人、事を記さんとせば、ふつつかなりとも只国字を以て書くべし。或は、世間通用の俗文を以てかくもよし。仮名と俗文はあさはかなりとて、漢文を以て書くべからず。文学なき人の漢字をつらね書くは、ひがごとのみ多くして、よみがたく理きこえず。人のわらひぐさとなるもはづかし。漢字を知らざる人は、みづからそのひがひがしき事を知らずして恥ぢず。又、仮名にて事をしるすも同じ。ふるき和文を知らざれば、ひが事多くして、文理ちがひ、かなづかひ、てには、皆あやまり多くしてわらふべし。必ず知らずしてみだりに書くべからず。事をしるすに、かざりて拙き文を以てしるさんよりは、俗語を以て、かざらずして書きたるは、いやしけれど、かへつて、文理明かにして見やすし。凡文字を作るには、人の見やすく心得よきをよしとすべし。
現代語訳
学問のない人が漢字の文を書くと、文の筋道がちがって、意味が通じません。また続かない字をむやみに続け、字の置き所がちがい、文字の筆画にも誤りが多いのです。ですから、文字を知らない人が事を記そうとするなら、ふつつかであっても、ただ仮名で書きなさい。あるいは世間で通用する俗文で書くのもよいでしょう。仮名や俗文は浅はかだからといって、漢文で書いてはいけません。学問のない人が漢字を連ねて書くと、誤りばかり多くて読みにくく、意味も通じません。人の笑いぐさとなるのも恥ずかしいことです。漢字を知らない人は、自分でその誤りに気づかずに恥じません。また、仮名で事を記すのも同じです。古い和文を知らなければ、誤りが多く、文の筋道がちがい、仮名遣いも、てにをはも、みな誤りが多くて笑うべきものです。必ず、知らずにみだりに書いてはいけません。事を記すのに、飾って拙い文で記すよりは、俗語で飾らずに書いたもののほうが、卑しくはあっても、かえって筋道が明らかで見やすいのです。およそ文章を作るには、人が見やすく理解しやすいのをよしとすべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』文訓上之末一文字知らぬ人は、つねの言語にもあやまり多く、かたことありて聞きにくし。又、書状の詞もつたなくして、理もきこえず。かくの如くなれば、つねの才行よりも、はるかに人に見くだされ、人に笑はれて、弁の人にすぐれたるも、貌のうるはしきも、むなしくなるこそあさましけれ。又世に行はるる通用の文字言語の字、諸物の名の文字を知らざれば、世事にうとく、事ゆかざること多し。世間通用の文字をもつとめて知るべし。経史の文字を知るにくらぶれば、きはめてたやすきことなり。少し心にかくべし。それだに知らざるは、むげにいやしむべし。
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『文武訓』文訓上之末一われ文字知りたりとて、知らぬ人に対せるふみに、ことやうにむつかしくふるびたるからの文字をこのんで書くは、わが才学あるをあらはさんとにや、其心おしはかられていと見ぐるし。只、其人のよく心得べき文字を、さすが拙からず書きたらんこそ、目やすかるべけれ。
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『文武訓』文訓下之末又仏書にあらざれども、漢字を以て、妄につづけて作り出せる俗語多し。儒書は、仏書より早くわたりしかど、読む人多からざりしにや、これを用ひて俗語とせしはすくなし。時俗の語と、漢字の音と相まじへて和語を作る。言語の字をつらぬること、多くは文理いやしくつたなくして、且字義かなはざること多し。近世の俗語は、又いよいよいやし。文理義にあたらざること多し。もろこしの俗語だにも、後世はいやしきこと多し。況やわが国文字のつたなきをや。
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『文武訓』文訓下之末一詩と文章を作るに、奇怪の文字を好むと、浅俗なる詞を用ふると、此二を忌むべし。是その法なり。今時の人詩文を作るに、めづらしき奇しき文字をこのむ、或は又いやしき俗語を用ふ。二ながら不可なり。奇異なる文詞をなすを以て巧とすること、風俗のあしき習なり。文詩ともに平易にして、いやしからざるをよしとす。
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『文武訓』文訓上近世国俗の書、其風も習も甚だいやしく拙し。本邦の書も古はよし。もろこしの人もほめたり。只其風体は中華に及ばず。凡手跡は、筆法正しくして読みやすきをよしとす。用ある文など、よみがたければ、巧なれども用ひがたし。読みやすき書も、いやしければ本法にかなはず。国字は別にわが国の法あり、ならふべし。真字はもろこしの書を学ぶべし。日本流の真字、から流の仮字、いづれもあるまじきことなり。中華の書は、淳化法帖、殊に王羲之以下諸名家の法帖など法とすべし。一書によく通ずれば、諸家もまなびやすし。算法は日用に切要なり。たかきいやしき必ずならふべし。わが国の風俗にて、高位の人は算をならはず。是古の法にあらず。大名高家にうまるる人は、貧賤なる人より、殊更算法を知らずんば有るべからず。
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『文武訓』文訓上本邦の古文、淫靡柔軟の風をば見習ふべからず。麗飾を事とし、奇巧をこのむは、儒者の文にそむけるのみならず、文人の文においても貴ぶ所にあらず。凡、わが国の詩文は国俗にあらざれば、和歌和文の絶妙なるには、いささかくらぶべうもなくおとれりといふべし。本朝いにしへの名家、詩文にたくみなりといはれし人の作も、近代もろこしの名もなき末の世の作に及ばず。文字を業とする人にあらずんば、詩は作らずともありぬべし。されど今時は、世に詩をよく作る人多しといへば、古にもまされるなるべし。斯く天才あらば、作りても恥なかるべし。
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