文武訓 / 文訓下之末
一わが日の本上古の言は、もとより風雅にして、中臣祓の詞の如く、又歌の言葉に似て、今の俗の俚語に、大にかはりていやしからざるべし。神功皇后新羅を征し給ひしよりこのかた、ひとの國とわが國と、やうやく交り通じて、漢字傳り來り、太子以下、聖經を讀みならひ給ふ。其後、漢字の音は、わが國の人の口にかなはずして、和音五十字の相通を以て、五音を相かなへて、別に和音をつけて、漢音を改めて和音とす。今の漢字の音是なり。こゝを以て、文字は中華の字にして、音は唐音にあらず和音なり。和音なれども、五音相通する道ありてしかり。其後、又佛書傳り來り、これを誦する者多し。是より後は、上古の和語はやうやくすたり、佛書の連續せる文字を以て、俗語とすること多し。
新字:一わが日の本上古の言は、もとより風雅にして、中臣祓の詞の如く、又歌の言葉に似て、今の俗の俚語に、大にかはりていやしからざるべし。神功皇后新羅を征し給ひしよりこのかた、ひとの国とわが国と、やうやく交り通じて、漢字伝り来り、太子以下、聖経を読みならひ給ふ。其後、漢字の音は、わが国の人の口にかなはずして、和音五十字の相通を以て、五音を相かなへて、別に和音をつけて、漢音を改めて和音とす。今の漢字の音是なり。こゝを以て、文字は中華の字にして、音は唐音にあらず和音なり。和音なれども、五音相通する道ありてしかり。其後、又仏書伝り来り、これを誦する者多し。是より後は、上古の和語はやうやくすたり、仏書の連続せる文字を以て、俗語とすること多し。
書き下し
一わが日の本上古の言は、もとより風雅にして、中臣祓の詞の如く、又歌の言葉に似て、今の俗の俚語に、大にかはりていやしからざるべし。神功皇后新羅を征し給ひしよりこのかた、ひとの国とわが国と、やうやく交り通じて、漢字伝り来り、太子以下、聖経を読みならひ給ふ。其後、漢字の音は、わが国の人の口にかなはずして、和音五十字の相通を以て、五音を相かなへて、別に和音をつけて、漢音を改めて和音とす。今の漢字の音是なり。ここを以て、文字は中華の字にして、音は唐音にあらず和音なり。和音なれども、五音相通する道ありてしかり。其後、又仏書伝り来り、これを誦する者多し。是より後は、上古の和語はやうやくすたり、仏書の連続せる文字を以て、俗語とすること多し。
現代語訳
わが国の上古の言葉は、もともと風雅で、中臣祓の詞のように、また歌の言葉に似ていて、今の世俗の卑近な言葉とは大いに違い、下品ではなかったでしょう。神功皇后が新羅を征されてから、よその国とわが国とがしだいに交わり通じて、漢字が伝わり、聖徳太子以下が聖人の経書を読み習われました。その後、漢字の音はわが国の人の口に合わなかったので、和音五十字の相通によって五音を合わせ、別に和音をつけて、漢音を改めて和音としました。今の漢字の音がこれです。それゆえ、文字は中華の字であっても、音は唐の音ではなく和音です。和音ではあっても、五音が相通じる道理があってそうなっているのです。その後、また仏書が伝わってきて、これを誦する者が多くなりました。これより後は、上古の和語はしだいにすたれ、仏書の連なった文字をそのまま俗語とすることが多くなりました。
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻一雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、
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