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文武訓 / 文訓上

近世國俗の書、其風も習も甚だいやしく拙し。本邦の書も古はよし。もろこしの人もほめたり。只其風體は中華に及ばず。凡手跡は、筆法正しくして讀みやすきをよしとす。用ある文など、よみがたければ、巧なれども用ひがたし。讀みやすき書も、いやしければ本法にかなはず。國字は別にわが國の法あり、ならふべし。眞字はもろこしの書を學ぶべし。日本流の眞字、から流の假字、いづれもあるまじきことなり。中華の書は、淳化法帖、殊に王羲之以下諸名家の法帖など法とすべし。一書によく通ずれば、諸家もまなびやすし。算法は日用に切要なり。たかきいやしき必ずならふべし。わが國の風俗にて、高位の人は算をならはず。是古の法にあらず。大名高家にうまるゝ人は、貧賤なる人より、殊更算法を知らずんば有るべからず。

新字:近世国俗の書、其風も習も甚だいやしく拙し。本邦の書も古はよし。もろこしの人もほめたり。只其風体は中華に及ばず。凡手跡は、筆法正しくして読みやすきをよしとす。用ある文など、よみがたければ、巧なれども用ひがたし。読みやすき書も、いやしければ本法にかなはず。国字は別にわが国の法あり、ならふべし。真字はもろこしの書を学ぶべし。日本流の真字、から流の仮字、いづれもあるまじきことなり。中華の書は、淳化法帖、殊に王羲之以下諸名家の法帖など法とすべし。一書によく通ずれば、諸家もまなびやすし。算法は日用に切要なり。たかきいやしき必ずならふべし。わが国の風俗にて、高位の人は算をならはず。是古の法にあらず。大名高家にうまるゝ人は、貧賤なる人より、殊更算法を知らずんば有るべからず。

書き下し

近世国俗の書、其風も習も甚だいやしく拙し。本邦の書も古はよし。もろこしの人もほめたり。只其風体は中華に及ばず。凡手跡は、筆法正しくして読みやすきをよしとす。用ある文など、よみがたければ、巧なれども用ひがたし。読みやすき書も、いやしければ本法にかなはず。国字は別にわが国の法あり、ならふべし。真字はもろこしの書を学ぶべし。日本流の真字、から流の仮字、いづれもあるまじきことなり。中華の書は、淳化法帖、殊に王羲之以下諸名家の法帖など法とすべし。一書によく通ずれば、諸家もまなびやすし。算法は日用に切要なり。たかきいやしき必ずならふべし。わが国の風俗にて、高位の人は算をならはず。是古の法にあらず。大名高家にうまるる人は、貧賤なる人より、殊更算法を知らずんば有るべからず。

現代語訳

近ごろの日本の書は、その風も習いも大変卑しくつたないものです。わが国の書も昔はよく、中国の人もほめていました。ただその風体は中国には及びません。およそ筆跡は、筆法が正しく読みやすいものをよしとします。用事のある手紙などは、読みにくければ、うまくても役に立ちません。読みやすい字でも、卑しければ本来の法にかないません。仮名にはわが国独自の法があるので、それを習うべきです。漢字は中国の書を学ぶべきです。日本風の漢字や中国風の仮名は、どちらもあってはならないことです。中国の書は、淳化閣帖、とくに王羲之以下の諸名家の法帖などを手本とすべきです。一つの書によく通じれば、ほかの諸家も学びやすくなります。算法は日々の用に大切です。身分の高い人も低い人も必ず習うべきです。わが国の風俗では、高い位の人は算を習いません。これは古の法ではありません。大名や高家に生まれた人は、貧しく身分の低い人よりも、とりわけ算法を知らなければなりません。

解説

書は読みやすさを第一とし、仮名は日本の法、漢字は中国の法帖で学べと説きます。後半では算法を取り上げ、身分の高い者ほど算を知るべきだと強く主張しています。当時は算盤勘定を卑しいものと見る風潮がありましたが、益軒は本草学や地誌の仕事で実測や数量を重んじた実学の人でした。今の組織でいえば、経営者や管理職こそ数字を読めなければならないという話で、字の読みやすさの話とあわせて、伝わる実用を重んじる姿勢が一貫しています。

この章句が説くこと

書道算法実学君主読みやすさ

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