導師導古典を学びたいすべての人に

文武訓 / 文訓下之末

一書をよめば、千歲の後より千歳の前の人にあひまみゆ。わが如き愚者といへども、いにしへの聖賢にみづから對して、まのあたり其敎をうくるが如し。其理高くして大なる事天の如く、ふかくして廣きこと海のごとし。學問の道の大なること、天と海との外にはたとふべき物なし。此故に、天下の樂、是に似たるはなし。世人此樂を知らず、大なる不幸なり。たとへば日本に居て、富士のたけ吉野の花を見ざる人だに見せまくほし。况や世の人に、此書を見せまくほしく、此道を知らせまくほしし。人となりて書を讀まずして、此道をうかゞはざる人は、きはめて不幸の人にて、人となれる樂なし。あはれむべし。

新字:一書をよめば、千歳の後より千歳の前の人にあひまみゆ。わが如き愚者といへども、いにしへの聖賢にみづから対して、まのあたり其教をうくるが如し。其理高くして大なる事天の如く、ふかくして広きこと海のごとし。学問の道の大なること、天と海との外にはたとふべき物なし。此故に、天下の楽、是に似たるはなし。世人此楽を知らず、大なる不幸なり。たとへば日本に居て、富士のたけ吉野の花を見ざる人だに見せまくほし。況や世の人に、此書を見せまくほしく、此道を知らせまくほしし。人となりて書を読まずして、此道をうかゞはざる人は、きはめて不幸の人にて、人となれる楽なし。あはれむべし。

書き下し

一書をよめば、千歳の後より千歳の前の人にあひまみゆ。わが如き愚者といへども、いにしへの聖賢にみづから対して、まのあたり其教をうくるが如し。其理高くして大なる事天の如く、ふかくして広きこと海のごとし。学問の道の大なること、天と海との外にはたとふべき物なし。此故に、天下の楽、是に似たるはなし。世人此楽を知らず、大なる不幸なり。たとへば日本に居て、富士のたけ吉野の花を見ざる人だに見せまくほし。況や世の人に、此書を見せまくほしく、此道を知らせまくほしし。人となりて書を読まずして、此道をうかがはざる人は、きはめて不幸の人にて、人となれる楽なし。あはれむべし。

現代語訳

書を読めば、千年の後から千年前の人に会うことができます。私のような愚か者でも、昔の聖賢にみずから向き合って、目の前でその教えを受けるようなものです。その道理は高く大きいことは天のようで、深く広いことは海のようです。学問の道の大きさは、天と海のほかにたとえる物がありません。それゆえ、天下の楽しみでこれに似たものはありません。世の人はこの楽しみを知らず、大きな不幸です。たとえば日本にいて、富士の山や吉野の花を見ない人にさえ見せてやりたいと思います。まして世の人にこの書を見せてやりたく、この道を知らせてやりたいのです。人と生まれて書を読まず、この道をうかがわない人は、きわめて不幸な人で、人となった楽しみがありません。あわれむべきです。

解説

読書の喜びを語った、益軒の代表的な名文の一つです。書物を通じて千年前の聖賢から直接教えを受けられる、その大きさは天や海にしかたとえられないと言います。富士や吉野の名所を見ない人に見せたいと思うように、学問の楽しみを知らない人に知らせたいという気持ちは、晩年に平易な教訓書を多く書いた益軒の動機そのものでしょう。忙しい毎日でも、一冊の古典を開けば昔の知恵と対話できる。その楽しさに気づかせてくれる一節です。

この章句が説くこと

読書楽しみ学問聖賢古典

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る