文武訓 / 文訓下之末
一日の本も、近き世まで、都に板行の書なく、ゐなかには、書ををしふる師なく、寫本だになくて、もとめかねて、他國に遠く行きて師をたづね、書を借りもとめ、夜を日につぎて讀みならひ、書を寫して歸りぬ。其艱苦甚し。今も家貧しき人は、書をよむ事をこのめども、書なく師なく、筆硯紙墨もともしく、書を讀むべきやどもなく、明窓淨几なく、夜は燈なければ、書を讀むことかなはず、田をつくり薪をとる暇にも、すこしばかり書を借りもとめて讀む者あり、あはれむべし。しかるに今富める人の子は、衣をあたゝかに著、食にあき、家居よくして、書をよむに師あり。財多ければ五車の書を求めやすく、明窓淨几あり、筆硯紙墨、精良を極めて不足なることなし。
新字:一日の本も、近き世まで、都に板行の書なく、ゐなかには、書ををしふる師なく、写本だになくて、もとめかねて、他国に遠く行きて師をたづね、書を借りもとめ、夜を日につぎて読みならひ、書を写して帰りぬ。其艱苦甚し。今も家貧しき人は、書をよむ事をこのめども、書なく師なく、筆硯紙墨もともしく、書を読むべきやどもなく、明窓浄几なく、夜は灯なければ、書を読むことかなはず、田をつくり薪をとる暇にも、すこしばかり書を借りもとめて読む者あり、あはれむべし。しかるに今富める人の子は、衣をあたゝかに著、食にあき、家居よくして、書をよむに師あり。財多ければ五車の書を求めやすく、明窓浄几あり、筆硯紙墨、精良を極めて不足なることなし。
書き下し
一日の本も、近き世まで、都に板行の書なく、ゐなかには、書ををしふる師なく、写本だになくて、もとめかねて、他国に遠く行きて師をたづね、書を借りもとめ、夜を日につぎて読みならひ、書を写して帰りぬ。其艱苦甚し。今も家貧しき人は、書をよむ事をこのめども、書なく師なく、筆硯紙墨もともしく、書を読むべきやどもなく、明窓浄几なく、夜は灯なければ、書を読むことかなはず、田をつくり薪をとる暇にも、すこしばかり書を借りもとめて読む者あり、あはれむべし。しかるに今富める人の子は、衣をあたたかに著、食にあき、家居よくして、書をよむに師あり。財多ければ五車の書を求めやすく、明窓浄几あり、筆硯紙墨、精良を極めて不足なることなし。
現代語訳
日本も近い時代まで、都に版木で刷った書がなく、田舎には書を教える師もなく、写本さえなかったので、求めかねて他国へ遠く行って師を訪ね、書を借り求め、夜を日についで読み習い、書を写して帰りました。その苦労はたいへんなものでした。今も家の貧しい人は、書を読むことを好んでも、書もなく師もなく、筆・硯・紙・墨も乏しく、書を読むための住まいもなく、明るい窓も清らかな机もなく、夜は灯火もないので書を読むことができず、田を耕し薪を取る暇にも少しばかり書を借りて読む者がいて、あわれむべきです。ところが今、富んだ人の子は、衣を暖かに着て、食べ物に飽き、住まいもよく、書を読むのに師がいます。財産が多いので車五台分の書も求めやすく、明るい窓と清らかな机があり、筆・硯・紙・墨も最上のものをそろえて不足はありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。
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『酔古堂剣掃』集法・他山の石以て玉を攻むべし白沙泥に在れば、之と俱に黑し、漸染の習ひ久し。他山の石、以て玉を攻むべし、切磋の力大なり。
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言志四録・言志耋録 第十六条 源有る活水源有るの活水には、浮萍も自ら潔し。源無きの濁沼には、蓴菜も亦汚る。
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説苑・奉使晏子將に荊に使いせんとす。荊王之を聞き、左右に謂いて曰く、「晏子は賢人なり。今方に來らんとす。之を辱めんと欲す、何を以てせん。」左右對えて曰く、「其の來るに爲り、臣請う一人を縛りて王を過りて行かしめん。」是に於て荊王晏子と立ちて語る。一人を縛る有り、王を過りて行く。王曰く、「何を爲す者ぞ。」對えて曰く、「齊人なり。」王曰く、「何の坐ぞ。」曰く、「盜に坐す。」王曰く、「齊人固より盜するか。」晏子反顧して之に曰く、「江南に橘有り、齊王人をして之を取りて江北に樹えしむるに、生じて橘と爲らず、乃ち枳と爲る。然る所以は何ぞ。其の土地之をして然らしむるなり。今齊人齊に居りて盜せず、荊に來りて盜す、土地之をして然らしむる無きを得んか。」荊王曰く、「吾子を傷つけんと欲して反りて自ら中れり。」
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孟子・滕文公章句下孟子、戴不勝に謂いて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫有らんに、其の子の齊語せんことを欲すれば、則ち齊人をして諸に傅たらしめんか。楚人をして諸に傅たらしめんか。」曰く、「齊人をして之に傅たらしめん。」曰く、「一齊人之に傅たるも、衆楚人之を咻せば、雖日に撻(むちうつ)ちて其の齊たらんことを求むと雖も、得可からず。引いて之を莊嶽の間に置くこと數年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦た得可からず。子、薛居州を善士と謂い、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州ならば、王は誰と與にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と與にか善を為さん。一薛居州、獨り宋王を如何せん。」 <語釈> ○「咻」、音はキュウ、義はかまびすしくすること。○「莊嶽」、顧炎武云う、莊は是れ街の名、嶽は是れ里の名。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「君子の陳・蔡の間に戹するは、上下の交はり無ければなり。」
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