酔古堂剣掃 / 集法・他山の石以て玉を攻むべし
白沙在泥,與之俱黑,漸染之習久矣;他山之石,可以攻玉,切磋之力大焉。
新字:白沙在泥,与之倶黒,漸染之習久矣;他山之石,可以攻玉,切磋之力大焉。
書き下し
白沙泥に在れば、之と俱に黑し、漸染の習ひ久し。他山の石、以て玉を攻むべし、切磋の力大なり。
現代語訳
白い砂も泥の中にあれば、泥とともに黒くなります。少しずつ染まっていく習いは長く続くものです。よその山の石でも、玉を磨くのに使えます。互いに切磋する力は大きいのです。
解説
環境の影響と、他者から学ぶことの力を説いた対句です。白沙の句は、『荀子』勧学篇の、白い砂も黒土の中にあれば共に黒くなるという言葉を思わせ、人は交わる相手に少しずつ染まることを言います。他山の石は『詩経』に見える言葉で、よその山の粗い石でも玉を磨く砥石になるという意味です。切磋は、骨や角を切り磨くように互いに磨き合うことです。悪い環境は知らず知らず人を染め、よい交わりは人を磨きます。どんな人と時間を過ごすかを、意識して選びたいものです。
この章句が説くこと
交友環境切磋学問修身
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