文武訓 / 文訓下
一韓柳歐蘇曾南豐などが文の内、心にかなへるを、三四十篇えらび出し、別本にうつし、そらに讀みそらに書きおぼゆるは、文章を作ることをまなぶ良法なり。朱子の言にも、此意見えたり。如斯すれば、文字の置所、助字の用樣をおのづから知りて、顚倒の誤なく、連續せざる字、又俗語を用ひずしてよし。本朝古人の文に、字の置きやう顚倒多く、連續せざる文字と、俗語とを用ひたる誤多し。殊に風體軟媚にして、奇巧をこのんでいやし。巧をこのめば彌拙し、と古人のいひしも、むべなり。
新字:一韓柳欧蘇曽南豊などが文の内、心にかなへるを、三四十篇えらび出し、別本にうつし、そらに読みそらに書きおぼゆるは、文章を作ることをまなぶ良法なり。朱子の言にも、此意見えたり。如斯すれば、文字の置所、助字の用様をおのづから知りて、顛倒の誤なく、連続せざる字、又俗語を用ひずしてよし。本朝古人の文に、字の置きやう顛倒多く、連続せざる文字と、俗語とを用ひたる誤多し。殊に風体軟媚にして、奇巧をこのんでいやし。巧をこのめば弥拙し、と古人のいひしも、むべなり。
書き下し
一韓柳欧蘇曽南豊などが文の内、心にかなへるを、三四十篇えらび出し、別本にうつし、そらに読みそらに書きおぼゆるは、文章を作ることをまなぶ良法なり。朱子の言にも、此意見えたり。如斯すれば、文字の置所、助字の用様をおのづから知りて、顛倒の誤なく、連続せざる字、又俗語を用ひずしてよし。本朝古人の文に、字の置きやう顛倒多く、連続せざる文字と、俗語とを用ひたる誤多し。殊に風体軟媚にして、奇巧をこのんでいやし。巧をこのめば弥拙し、と古人のいひしも、むべなり。
現代語訳
韓愈・柳宗元・欧陽脩・蘇軾・曽鞏などの文のうち、心にかなうものを三、四十篇選び出し、別の本に写して、そらで読み、そらで書いて覚えるのは、文章を作ることを学ぶよい方法です。朱子の言葉にもこの意が見えます。このようにすれば、文字の置き所や助字の用い方を自然に知って、語順を取り違える誤りがなく、続かない字や俗語を用いずにすみます。わが国の昔の人の文には、字の置き方の取り違えが多く、続かない文字や俗語を用いた誤りが多いのです。とくに風体が軟弱で媚びており、奇巧を好んで卑しいものです。「巧を好めばいよいよ拙し」と古人が言ったのも、もっともです。
解説
この章句が説くこと
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