文武訓 / 文訓下
一詩は、三百篇をはじめ、文選の古詩よりしもつかた、明朝にいたるまで、巧なる作者多し。されど中唐より以上、とりわき古雅なるをえらび玩ぶべし。わが國の詩文は、古代の名家といへど、其習艶麗を事として古雅ならず、拙し。其ちから、もろこしにおとりて軟弱なり。學ぶべからず。
新字:一詩は、三百篇をはじめ、文選の古詩よりしもつかた、明朝にいたるまで、巧なる作者多し。されど中唐より以上、とりわき古雅なるをえらび玩ぶべし。わが国の詩文は、古代の名家といへど、其習艶麗を事として古雅ならず、拙し。其ちから、もろこしにおとりて軟弱なり。学ぶべからず。
書き下し
一詩は、三百篇をはじめ、文選の古詩よりしもつかた、明朝にいたるまで、巧なる作者多し。されど中唐より以上、とりわき古雅なるをえらび玩ぶべし。わが国の詩文は、古代の名家といへど、其習艶麗を事として古雅ならず、拙し。其ちから、もろこしにおとりて軟弱なり。学ぶべからず。
現代語訳
詩は、『詩経』三百篇をはじめ、『文選』の古詩から下って明朝に至るまで、巧みな作者が多くいます。けれども中唐より前の、とりわけ古雅なものを選んで味わいなさい。わが国の詩文は、古代の名家といっても、その習いが艶麗を事として古雅ではなく、拙いものです。その力も中国に劣って軟弱です。学んではいけません。
解説
詩を学ぶなら詩経から明代までの多くの作者のうち、中唐以前の古雅なものを選べと勧め、日本の古い漢詩文は艶麗に偏り軟弱なので手本にするなと説きます。盛唐までの詩を尊ぶのは、明代の古文辞派などに見られる当時の詩論の傾向とも重なります。益軒は手本の選び方を重んじ、よい型を最初に身につけることを求めました。今でも、何かを学ぶとき最初にどんな手本に触れるかは決定的です。質の高い古典を選ぶ目が、学びの方向を決めます。
この章句が説くこと
詩手本古雅学び唐詩
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