論語 / 先進篇
子張問「善人」之道。子曰:「不踐跡,亦不入於室。」
新字:子張問「善人」之道。子曰:「不践跡,亦不入於室。」
書き下し
子張、善人の道を問う。子曰く、「跡を践まずんば、亦た室に入らず。」
現代語訳
子張が善人の道について尋ねた。先生はおっしゃった。「(善人は)先人の踏んだ跡をなぞりはしないが、やはり奥の室に入る(奥義に達する)ところまではいかない。」
解説
生まれつき善良な人であっても、先人の道筋をたどらなければ深いところまでは行けない、という指摘である。素質と到達を分けている。善人は資質の話であり、室に入るのは到達の話だ。資質があるから自然に到達するわけではない。跡を践む、つまり先に歩いた人の道筋を実際に踏むという表現が具体的でよい。学ぶとは、独自の道を切り開くことではなく、まず誰かの通った跡をたどることだ、と言っている。仕事の習得でも同じである。センスのある人ほど、我流で始めて、途中まで速く進む。だが型を通っていないので、ある段階から先に進めなくなる。跡を践むのは退屈で、しかも自分の色が出せない。それでも室に入るには、その退屈を通るしかない。
この章句が説くこと
素質型先人到達学び方
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