伝習録 / 教約
凡授書不在徒多,但貴精熟。量其資稟,能二百字者止可以授一百字,常使精神力量有餘,則無厭苦之患,而有自得之美。諷誦之際,務令專心一志,口誦心惟,字字句句紬繹反覆,抑揚其音節,寬虛其心意,久則義禮浹洽,聰明日開矣。
新字:凡授書不在徒多,但貴精熟。量其資稟,能二百字者止可以授一百字,常使精神力量有余,則無厭苦之患,而有自得之美。諷誦之際,務令専心一志,口誦心惟,字字句句紬繹反覆,抑揚其音節,寛虚其心意,久則義礼浹洽,聰明日開矣。
書き下し
凡そ書を授くるは徒らに多きに在らず。但だ精熟を貴ぶ。其の資稟を量り、二百字を能くする者は止だ以て一百字を授くべし。常に精神力量をして余り有らしむれば、則ち厭苦の患い無くして、自得の美有り。諷誦の際は、務めて専心一志、口に誦し心に惟い、字字句句、紬繹反覆し、其の音節を抑揚し、其の心意を寛虚にせしめよ。久しければ則ち義理は浹洽し、聡明は日に開かん。
現代語訳
書を授けるのは、多さではない。精しく熟することを貴ぶ。素質を量り、二百字できる者には百字だけ授ける。常に気力に余裕を持たせれば、嫌になる患いがなく、自ら得る楽しみがある。誦する時は、専心し、口で誦し心で思い、一字一句を繰り返し噛みしめ、音節に抑揚をつけ、心をゆったりと空にさせる。長く続ければ、義理は染み込み、聡明さは日々開ける。
解説
新しいことを学ぶ時、私たちはつい「できるだけ多く」と欲張りがちです。しかし、この教えは、自分の能力の八割程度に抑え、常に心に余裕を持たせることの重要性を説いています。いっぱいいっぱいまで詰め込むと、苦痛を感じてしまい、学ぶこと自体が嫌になってしまいます。少し物足りないくらいが、自ら探求する喜びや、学びを継続する意欲につながるのです。日々の仕事や勉強でも、完璧を目指しすぎず、余白を残すことで、かえって長く、深く取り組めるでしょう。
この章句が説くこと
能二百字者止可以授一百字常使精神力量有余型学び
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