文武訓 / 文訓下
かゝる人は、みづからは道學と思へれど、是卽訓詁の學なり。終身つとめ學べども自得のしるしなし。又頗聰明にして、義理に通じやすけれど、文學たらずして廣博ならず、窮理の功すくなく、其趣せばきあり。或は雜書小說を多く見て、義理をこのまず、經史にう佛老をまじへたる雜學あり。是各、其才の長ずる所、性のこのむ所によりてしかり。只聖學に志ふかくして、經傳に明らかに、よく思の功ありて、義理に精しく、且史書にひろくして古今に通じ、子集にわたり、文章詩賦を知り、字學に精しき通儒、もしあらば尊ぶべし。
新字:かゝる人は、みづからは道学と思へれど、是即訓詁の学なり。終身つとめ学べども自得のしるしなし。又頗聰明にして、義理に通じやすけれど、文学たらずして広博ならず、窮理の功すくなく、其趣せばきあり。或は雑書小説を多く見て、義理をこのまず、経史にう仏老をまじへたる雑学あり。是各、其才の長ずる所、性のこのむ所によりてしかり。只聖学に志ふかくして、経伝に明らかに、よく思の功ありて、義理に精しく、且史書にひろくして古今に通じ、子集にわたり、文章詩賦を知り、字学に精しき通儒、もしあらば尊ぶべし。
書き下し
かかる人は、みづからは道学と思へれど、是即訓詁の学なり。終身つとめ学べども自得のしるしなし。又頗聰明にして、義理に通じやすけれど、文学たらずして広博ならず、窮理の功すくなく、其趣せばきあり。或は雑書小説を多く見て、義理をこのまず、経史にう仏老をまじへたる雑学あり。是各、其才の長ずる所、性のこのむ所によりてしかり。只聖学に志ふかくして、経伝に明らかに、よく思の功ありて、義理に精しく、且史書にひろくして古今に通じ、子集にわたり、文章詩賦を知り、字学に精しき通儒、もしあらば尊ぶべし。
現代語訳
このような人は、自分では道学だと思っていますが、それは訓詁の学です。一生努めて学んでも自得のしるしがありません。また、かなり聡明で義理に通じやすいけれども、学問が足りず広くなく、理を窮める工夫が少なく、その趣が狭い者もいます。あるいは雑書や小説を多く見て、義理を好まず、経史にうとく、仏教や老荘を交えた雑学の者もいます。これはそれぞれ、その才の長ずるところ、性質の好むところによってそうなっているのです。ただ聖学に深く志し、経伝に明らかで、よく考える工夫があり、義理に詳しく、しかも史書に広く古今に通じ、諸子や文集にもわたり、文章や詩賦を知り、字学にも詳しい通儒がもしいれば、尊ぶべきです。
解説
この章句が説くこと
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人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
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論語・為政篇子曰く、異端を攻むるは、斯れ害のみ。
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説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。
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