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文武訓 / 文訓上之末

一もろこしにて、むかし、人に對し、其時にかなひ、其席にあへることを、古き詩にうたひて、其情をのべしこと、左傳など古書に多し。上代の才たかき人、其時にのぞみて、詩をつくることかたからず。しかるに古詩を引きたるは、今新しく作らんより、其情ふかくして、よく人の心を感じうごかすこと、今あたらしく作れるにまさるによれり。今の人も、なまじひの我がつたなき詩歌をつくらんより、古人の詩歌の、其をりにかなへるをとり出して吟ぜば、我も人も感をおこすことふかゝるべし。

新字:一もろこしにて、むかし、人に対し、其時にかなひ、其席にあへることを、古き詩にうたひて、其情をのべしこと、左伝など古書に多し。上代の才たかき人、其時にのぞみて、詩をつくることかたからず。しかるに古詩を引きたるは、今新しく作らんより、其情ふかくして、よく人の心を感じうごかすこと、今あたらしく作れるにまさるによれり。今の人も、なまじひの我がつたなき詩歌をつくらんより、古人の詩歌の、其をりにかなへるをとり出して吟ぜば、我も人も感をおこすことふかゝるべし。

書き下し

一もろこしにて、むかし、人に対し、其時にかなひ、其席にあへることを、古き詩にうたひて、其情をのべしこと、左伝など古書に多し。上代の才たかき人、其時にのぞみて、詩をつくることかたからず。しかるに古詩を引きたるは、今新しく作らんより、其情ふかくして、よく人の心を感じうごかすこと、今あたらしく作れるにまさるによれり。今の人も、なまじひの我がつたなき詩歌をつくらんより、古人の詩歌の、其をりにかなへるをとり出して吟ぜば、我も人も感をおこすことふかかるべし。

現代語訳

中国では昔、人に対して、その時にかない、その席にふさわしいことを、古い詩を歌ってその情を述べたことが、『左伝』など古い書物に多く見えます。上代の才の高い人は、その場で詩を作ることも難しくはありませんでした。それなのに古詩を引いたのは、今新しく作るよりも、その情が深く、人の心をよく感じ動かすことが、新しく作ったものにまさるからです。今の人も、中途半端な自分の拙い詩歌を作るよりは、古人の詩歌のうち、その折にかなうものを取り出して口ずさめば、自分も人も感を深く起こすでしょう。

解説

春秋時代の外交の場で、人々が『詩経』の詩を引いて意を伝えた例を挙げ、才ある人でも古詩を引いたのは、そのほうが人の心を動かすからだと説きます。『左伝』には賦詩と呼ばれるこの習わしが多く記されています。益軒は、古典の言葉が持つ重みと共感の力に注目しました。今でもスピーチや挨拶で、よく知られた古典の一句を場に合わせて引くと、自作の言葉より深く響くことがあります。古典を身につけておく実用がここにあります。

この章句が説くこと

詩古典左伝共感引用

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