文武訓 / 文訓上之末
一われ文字知りたりとて、知らぬ人に對せるふみに、ことやうにむつかしくふるびたるからの文字をこのんで書くは、わが才學あるをあらはさんとにや、其心おしはかられていと見ぐるし。只、其人のよく心得べき文字を、さすが拙からず書きたらんこそ、目やすかるべけれ。
新字:一われ文字知りたりとて、知らぬ人に対せるふみに、ことやうにむつかしくふるびたるからの文字をこのんで書くは、わが才学あるをあらはさんとにや、其心おしはかられていと見ぐるし。只、其人のよく心得べき文字を、さすが拙からず書きたらんこそ、目やすかるべけれ。
書き下し
一われ文字知りたりとて、知らぬ人に対せるふみに、ことやうにむつかしくふるびたるからの文字をこのんで書くは、わが才学あるをあらはさんとにや、其心おしはかられていと見ぐるし。只、其人のよく心得べき文字を、さすが拙からず書きたらんこそ、目やすかるべけれ。
現代語訳
自分は文字を知っているからといって、文字を知らない人に宛てた手紙に、風変わりで難しく古めかしい漢語を好んで書くのは、自分に才学があることを見せようとしてのことでしょうか。その心が推し量られて、たいへん見苦しいものです。ただ、その人がよく理解できる文字を、それでいて拙くないように書いたものこそ、見た目にも感じがよいでしょう。
解説
学のある人が、知らない人への手紙にわざと難しい漢語を使うのは、才学を見せびらかす心が透けて見苦しいと戒めています。相手が理解できる言葉で、しかも品を落とさずに書くのが最もよいというのです。益軒自身が晩年、子どもや庶民にも読めるよう平易な和文で教訓書を書いたことと重なります。今の職場でも、専門外の相手に専門用語やカタカナ語を並べるのは同じ過ちです。伝わることを第一に言葉を選ぶのが、相手への敬意です。
この章句が説くこと
手紙言葉思いやり見栄才学
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