文武訓 / 文訓上之末
一詩歌は只、をりにあひたる古人の作を吟じたらんこそ、心をくるしめて、つたなき詞をつくらんにははるかにまさりて、なさけ深かるべし。もはら詩をこのめる人は、古人の、五箇の字を吟じなして、もつて一生の心をやぶるといへるがごとし。いと不用なり、益なし。やまとうたも、ひろくいにしへの歌集を知らずして、みだりによむ人は、ひがごと多くわらふべし。知らずして、みだりに詩をつくりうたを詠むべからず。知れる人の見るめはづかし。
書き下し
一詩歌は只、をりにあひたる古人の作を吟じたらんこそ、心をくるしめて、つたなき詞をつくらんにははるかにまさりて、なさけ深かるべし。もはら詩をこのめる人は、古人の、五箇の字を吟じなして、もつて一生の心をやぶるといへるがごとし。いと不用なり、益なし。やまとうたも、ひろくいにしへの歌集を知らずして、みだりによむ人は、ひがごと多くわらふべし。知らずして、みだりに詩をつくりうたを詠むべからず。知れる人の見るめはづかし。
現代語訳
詩歌は、ただ折にかなった古人の作を口ずさむのが、心を苦しめて拙い言葉を作るよりはるかにまさって、情も深いでしょう。もっぱら詩を好む人は、昔の人が「五箇の字を吟じ成して一生の心を破る」と言ったようなものです。たいへん無用で、益がありません。和歌も、広く昔の歌集を知らずに、みだりに詠む人は、誤りが多く笑うべきものです。知らずに、みだりに詩を作り歌を詠んではいけません。知っている人に見られるのが恥ずかしいものです。
解説
詩歌は折にかなった古人の作を口ずさむほうが情も深く、詩作に一生の心を費やすのは無用だと説きます。「五箇の字を吟じ成して一生の心を破る」は唐の詩人方干の句として知られ、五言詩の数文字に心血を注ぎ尽くす姿を詠んだものです。益軒はこれを学問の妨げとして戒めました。また古歌集を知らずに詠むことも戒めています。今でも、基礎を学ばずに作品を量産するより、優れた古典に親しむ時間のほうが感性と教養を確かに育てます。
この章句が説くこと
詩和歌古典学問吟詠
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