文武訓 / 文訓上之末
一今時の人の作れる文字にも、所々にはよき事あり。是、古人の言をとりてしるせる故、又凡人も、まれまれには、よきことをいひ出すこともありなん。しかる故に、人の作れる文字を見ば、よきは褒め惡しきはかくす、是、人の文字を見る法なるべし。人の作れる文字を、そしることを好むくせある人あり。是、不仁無禮、戒むべし。古人の作れる文字すらよき惡しきあり、况や今時の人の作れる文字、などかよきことのみ有るべきや。それをとがめてよき事をば捨てて、惡しきことのみ云ひあらはすは不仁なり。是、文字を見る法を知らざるなり。わが作れる文字は、よきもあしきも自負してほこり、人の作れる文字は、よきもあしきも言ひおとすはあさまし。
新字:一今時の人の作れる文字にも、所々にはよき事あり。是、古人の言をとりてしるせる故、又凡人も、まれまれには、よきことをいひ出すこともありなん。しかる故に、人の作れる文字を見ば、よきは褒め悪しきはかくす、是、人の文字を見る法なるべし。人の作れる文字を、そしることを好むくせある人あり。是、不仁無礼、戒むべし。古人の作れる文字すらよき悪しきあり、況や今時の人の作れる文字、などかよきことのみ有るべきや。それをとがめてよき事をば捨てて、悪しきことのみ云ひあらはすは不仁なり。是、文字を見る法を知らざるなり。わが作れる文字は、よきもあしきも自負してほこり、人の作れる文字は、よきもあしきも言ひおとすはあさまし。
書き下し
一今時の人の作れる文字にも、所々にはよき事あり。是、古人の言をとりてしるせる故、又凡人も、まれまれには、よきことをいひ出すこともありなん。しかる故に、人の作れる文字を見ば、よきは褒め悪しきはかくす、是、人の文字を見る法なるべし。人の作れる文字を、そしることを好むくせある人あり。是、不仁無礼、戒むべし。古人の作れる文字すらよき悪しきあり、況や今時の人の作れる文字、などかよきことのみ有るべきや。それをとがめてよき事をば捨てて、悪しきことのみ云ひあらはすは不仁なり。是、文字を見る法を知らざるなり。わが作れる文字は、よきもあしきも自負してほこり、人の作れる文字は、よきもあしきも言ひおとすはあさまし。
現代語訳
今の人が作った文章にも、ところどころによいことがあります。それは昔の人の言葉を取って記しているからでもあり、また凡人でも、たまにはよいことを言い出すこともあるでしょう。ですから、人の文章を見たら、よい所は褒め、悪い所は隠す、これが人の文章を見る法でしょう。人の文章をそしることを好む癖のある人がいます。これは不仁で無礼ですから、戒めなさい。昔の人の作った文章でさえよしあしがあるのに、まして今の人の作った文章に、どうしてよいことばかりがありましょうか。それをとがめて、よい所を捨てて、悪い所ばかりを言い立てるのは不仁です。それは文章を見る法を知らないのです。自分の作った文章は、よくても悪くても自負して誇り、人の作った文章は、よくても悪くてもけなすのは、あさましいことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『童子問』卷中問ふ。何を以てか賞罰能く其の功罪に当たることを得ん。曰く、賞罰各其の功罪に当たらんことを欲する者は、政を為す者の心なり。然れども賞罰各其の功罪に当たらんと欲すれば、則ち罰は必ず過ぎて、賞は必ず及ばず。罰過ぎて賞及ばざれば、則ち人心睽く。人心睽けば、則ち国危ふし。故に聖人は其の賞を過ぎて、其の罰を減ず。其の賞を過ぎて、其の罰を減ずれば、則ち賞罰自ら其の当を得。書に曰く、罪の疑はしきは惟軽くし、功の疑はしきは惟重くす。其の不辜を殺さんよりは、寧ろ不経に失せよ、と。是れなり。孔子曰く、惟仁者のみ能く人を好み、能く人を悪む、と。蓋し人の善を好むは、毎に及び難く、而して人の悪を悪むは、必ず過ぎ易し。惟仁人は人を愛すること深し。故に好悪能く其の実に中る。賞罰の能く其の功罪に当たるも、亦然り。
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論語・雍也篇宰我問いて曰く、「仁者は之に告げて『井に仁有り』と曰うと雖も、其れ之に従わんか。」子曰く、「何為れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむ可きも、陥る可からず。欺く可きも、罔う可からず。」
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論語・里仁篇子曰わく、不仁者は久しく約に処るべからず、長く楽に処るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。
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論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
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論語・憲問篇「克・伐・怨・欲、行われずんば、以て仁と為す可きか。」子曰く、「以て難しと為す可し。仁は則ち吾知らざるなり。」
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論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
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