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文武訓 / 文訓上之末

一わが名をあらはさんとて、わがともがら、いやしき詩文を作り、人に見せ、世に傳へんとすること、無益のことなり。われら文學ともしければ、つくれる文字つたなく、其上ひがごと多し。わがひが事はみづから見えず、人も云はず、かげにて人にわらはれ、後人にそしられんもくちをし。名を得んとて名をうしなひ、ほまれを得んとてそしりを得ること、おろかなることなるべし。されど、天才ありてたくみなる人は、其の心にまかせ給ふべきにや。わがかゝるあさはかなるつたなき書を作るは、只小兒の輩に知らしめんため、又わが志す所あれば、やむ事を得がたくして、わが拙きを忘るるなり。

新字:一わが名をあらはさんとて、わがともがら、いやしき詩文を作り、人に見せ、世に伝へんとすること、無益のことなり。われら文学ともしければ、つくれる文字つたなく、其上ひがごと多し。わがひが事はみづから見えず、人も云はず、かげにて人にわらはれ、後人にそしられんもくちをし。名を得んとて名をうしなひ、ほまれを得んとてそしりを得ること、おろかなることなるべし。されど、天才ありてたくみなる人は、其の心にまかせ給ふべきにや。わがかゝるあさはかなるつたなき書を作るは、只小児の輩に知らしめんため、又わが志す所あれば、やむ事を得がたくして、わが拙きを忘るるなり。

書き下し

一わが名をあらはさんとて、わがともがら、いやしき詩文を作り、人に見せ、世に伝へんとすること、無益のことなり。われら文学ともしければ、つくれる文字つたなく、其上ひがごと多し。わがひが事はみづから見えず、人も云はず、かげにて人にわらはれ、後人にそしられんもくちをし。名を得んとて名をうしなひ、ほまれを得んとてそしりを得ること、おろかなることなるべし。されど、天才ありてたくみなる人は、其の心にまかせ給ふべきにや。わがかかるあさはかなるつたなき書を作るは、只小児の輩に知らしめんため、又わが志す所あれば、やむ事を得がたくして、わが拙きを忘るるなり。

現代語訳

自分の名をあらわそうとして、我々の仲間が卑しい詩文を作り、人に見せ、世に伝えようとすることは、無益なことです。我々は学問が乏しいので、作った文章もつたなく、そのうえ誤りが多いのです。自分の誤りは自分では見えず、人も言ってくれず、陰で人に笑われ、後の人にそしられるのも残念なことです。名を得ようとして名を失い、誉れを得ようとしてそしりを得るのは、愚かなことでしょう。けれども、天分があって巧みな人は、その心にまかせてよいでしょう。私がこのような浅はかで拙い書を作るのは、ただ子どもたちに知らせるためであり、また私に志すところがあるので、やむを得ず、自分の拙さを忘れて書いているのです。

解説

名声を求めて拙い詩文を世に広めると、かえって名を失いそしりを受けると戒めます。末尾で益軒は、自分がこの書を著すのは子どもに知らせるためで、拙さを忘れてやむを得ず書くのだと謙遜しています。多くの教訓書を平易な和文で書いた晩年の益軒の動機がうかがえる一節です。今でも、評価を得たいという動機だけの発信は見透かされがちです。誰の役に立つかという目的を持って書くとき、拙くても意味のある仕事になるのでしょう。

この章句が説くこと

名誉詩文謙遜教育益軒

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