文武訓 / 文訓下之末
一本邦の和歌と和文と、詩文とをくらべば、和歌和文はもろこしの詩文に及ぶべし。わが國の詩文は、大におとりて、同日にもかたるべからず。國俗と土宜にかなはず。されど文章は其事をしるし、其理を述べんために作らでは、事かけぬべし。
新字:一本邦の和歌と和文と、詩文とをくらべば、和歌和文はもろこしの詩文に及ぶべし。わが国の詩文は、大におとりて、同日にもかたるべからず。国俗と土宜にかなはず。されど文章は其事をしるし、其理を述べんために作らでは、事かけぬべし。
書き下し
一本邦の和歌と和文と、詩文とをくらべば、和歌和文はもろこしの詩文に及ぶべし。わが国の詩文は、大におとりて、同日にもかたるべからず。国俗と土宜にかなはず。されど文章は其事をしるし、其理を述べんために作らでは、事かけぬべし。
現代語訳
本邦の和歌と和文とを、中国の詩文と比べれば、和歌と和文は中国の詩文に匹敵するでしょう。わが国の漢詩文は大いに劣っていて、同じ日に語ることもできません。国の風俗と土地柄に合わないからです。けれども文章は、その事を記し、その理を述べるために作らなければ、事が欠けてしまうでしょう。
解説
和歌・和文は中国の詩文と肩を並べるが、日本人の漢詩文はとても及ばないという評価を繰り返しつつ、ここでは一つ大事な但し書きを加えます。事実を記録し、道理を論じるための文章は、どうしても書かなければ用が足りない、というのです。益軒は詩作は控えよと言いましたが、記録と論述のための文章は必要だと考えていました。今の仕事でも、飾りの文章は要らなくても、事実を正確に記録し考えを筋道立てて述べる文章力は欠かせません。
この章句が説くこと
文章和歌和文記録国風
関連する章句
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『文武訓』文訓上本邦の古文、淫靡柔軟の風をば見習ふべからず。麗飾を事とし、奇巧をこのむは、儒者の文にそむけるのみならず、文人の文においても貴ぶ所にあらず。凡、わが国の詩文は国俗にあらざれば、和歌和文の絶妙なるには、いささかくらぶべうもなくおとれりといふべし。本朝いにしへの名家、詩文にたくみなりといはれし人の作も、近代もろこしの名もなき末の世の作に及ばず。文字を業とする人にあらずんば、詩は作らずともありぬべし。されど今時は、世に詩をよく作る人多しといへば、古にもまされるなるべし。斯く天才あらば、作りても恥なかるべし。
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『文武訓』文訓下之末一日の本は、もと温和慈愛の国なる故に、和歌も温雅にして情ふかし。其上精しく巧なること、もろこしの詩にもおとるべからず。和文も亦しかり。然らば学者も、なるべきほどは和歌を学び、和文を作るべし。是わが国の風俗土宜にかなひて、国風にそむかざるなり。わが国に生れて、和歌和文をすてて、もろこしの風を専につくること、わが国にそむけり。其つみふかし。わがともがらは才つたなくて、やまともろこしの才なければ、からやまとの詩文歌詞をつくることかなはず。其道理をいはば、おそらくはかくの如くなるべし。
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『文武訓』文訓下一和歌は、わが国の言葉にて、あさはかなるやうにきこゆめれども、言葉風雅にして古にちかく、心和平にして情ふかし。しかれば、もろこしの名家の詩にも、其品格をさをさおとるべからず。只、日本の人の作れる詩文は、わが国のことばにあらず、其上、習あしくて、いにしへの名家の作といへど、もろこしの下等の作にも及びがたし。よくつとめ学ばずんば、中夏の下品にも及びがたかるべし。身を終るまで、詩を作るにもはらにせば、詩は大かたよかるべけれど、さあらば経史にうとく、其余の事にも通ずるに暇なかるべし。
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『文武訓』文訓上之末一わが日の本の人、いにしへは、やまとうたにはたくみなれど、詩文章は、わが国のことばにあらざれば、久しく心を用ひて作れる人も、中夏の作には及はず、法にかなはずしてひがごと亦多し。況やわがともがら、いやしきことばを人にあらはし、みづからいみじと思へど、人のわらはん事はづかし。
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『文武訓』文訓下一凡日本の人、古より経書をときて義理を講じ、詩文を作る、皆粗にやぶる。精密の工夫なし。是学の中華に及ばざる所なり。秀でたる作者数輩の外は、皆拙俗にちかければ、和歌和文のみやびやかにして能きにはくらべがたし。これにならはば、おそらくはなづみて作文に妨あるべし。
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『慎思録』巻之五本朝の歌詠は、微婉にして温雅、且つ精巧を極むる者多し。恐らくは中夏の歌詩と争ひて頡頏を為すべし。若し乃ち国字の文章は、専ら艶麗を務むと雖も、而して体製柔媚なり。然れども其の奇巧なる者数家は、亦以て倭歌に亜ぐべし。若し夫れ本邦の詩文は、古昔名家の製と雖も、中華の作者と比讎を為すに足らず。故に本朝の詩文を以て之を和歌和文に較ぶれば、其の巧拙雅俗、日を同じくして談ずべからず。此れ豈に国俗と土宜とに合はざるに縁るに非ずや。
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