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文武訓 / 文訓上

和歌をよまば、情をのぶるに事足りぬべし。古は、いやしき人まで和歌をよみて、たがひに其なさけを通はしけるこそ、うるはしきことに聞え侍れ。風體を正しくせば、好色の媒とせずして、人倫のまじはりに心をあつくし、なさけを深くするたすけともなりなん。されど、今は世くだり、心こと葉もいやしくなりにたれば、その才なき人、あながちに詠まんとせば、これになづみて學問のさはりともなりなん。其上和歌は、官家のをしへを受けざるゐなか人は、みだりによみがたし。たゞ、萬葉古今集以下、ふるき歌書を見おぼえて、折りにふれたる古歌をうち誦せんこそ、わがつたなき歌をよまんより、心のなやみなくいたづかはしからで、却りていとおもしろかるべけれ。

新字:和歌をよまば、情をのぶるに事足りぬべし。古は、いやしき人まで和歌をよみて、たがひに其なさけを通はしけるこそ、うるはしきことに聞え侍れ。風体を正しくせば、好色の媒とせずして、人倫のまじはりに心をあつくし、なさけを深くするたすけともなりなん。されど、今は世くだり、心こと葉もいやしくなりにたれば、その才なき人、あながちに詠まんとせば、これになづみて学問のさはりともなりなん。其上和歌は、官家のをしへを受けざるゐなか人は、みだりによみがたし。たゞ、万葉古今集以下、ふるき歌書を見おぼえて、折りにふれたる古歌をうち誦せんこそ、わがつたなき歌をよまんより、心のなやみなくいたづかはしからで、却りていとおもしろかるべけれ。

書き下し

和歌をよまば、情をのぶるに事足りぬべし。古は、いやしき人まで和歌をよみて、たがひに其なさけを通はしけるこそ、うるはしきことに聞え侍れ。風体を正しくせば、好色の媒とせずして、人倫のまじはりに心をあつくし、なさけを深くするたすけともなりなん。されど、今は世くだり、心こと葉もいやしくなりにたれば、その才なき人、あながちに詠まんとせば、これになづみて学問のさはりともなりなん。其上和歌は、官家のをしへを受けざるゐなか人は、みだりによみがたし。ただ、万葉古今集以下、ふるき歌書を見おぼえて、折りにふれたる古歌をうち誦せんこそ、わがつたなき歌をよまんより、心のなやみなくいたづかはしからで、却りていとおもしろかるべけれ。

現代語訳

和歌を詠めば、思いを述べるのに十分足りるでしょう。昔は、身分の低い人まで和歌を詠んで、互いにその情けを通わせていたことこそ、うるわしいことに思われます。風体を正しくすれば、色恋のなかだちとせずに、人の交わりに心を厚くし、情けを深くする助けにもなるでしょう。しかし今は世が下り、心も言葉も卑しくなってしまったので、才能のない人が無理に詠もうとすれば、それにとらわれて学問の妨げにもなるでしょう。そのうえ和歌は、歌道の家の教えを受けていない田舎の人は、みだりに詠むことが難しいものです。ただ万葉集・古今集以下の古い歌集を見て覚え、折にふれた古歌を口ずさむことこそ、自分のつたない歌を詠むよりも、心の悩みもなく煩わしくもなく、かえって大変おもしろいでしょう。

解説

昔の人が身分を問わず歌で情を通わせたことをうるわしいと認めつつ、今は歌道の家の伝授を受けなければ正しく詠むのは難しく、無理に詠めば学問の妨げになると言います。そこで勧めるのが、名歌を覚えて口ずさむという楽しみ方です。作る喜びより味わう喜びを取るという、益軒の現実的な姿勢がよく出ています。何でも自分で作り発信しなければという今の風潮に対し、良いものを深く味わうことも立派な文化の楽しみ方だと気づかせてくれます。

この章句が説くこと

和歌楽しみ古歌学問心

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