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文武訓 / 文訓上

一孔孟また生れ給ふとも、論孟の二書のをしへにかはることなかるべし。しかれば、今論孟を見る人は、卽孔孟にまのあたり敎をうくると同じかるべし。此おもひをなして、よく心を用ふべし。其上、孔門の顏子の聽ける所は、子路きかず。子路の聽ける所、子貢きかず。論語の一書に皆あつめて記せり。しかれば、まのあたり敎をうけたるにもまさり、大なる幸にあらずや。

新字:一孔孟また生れ給ふとも、論孟の二書のをしへにかはることなかるべし。しかれば、今論孟を見る人は、即孔孟にまのあたり教をうくると同じかるべし。此おもひをなして、よく心を用ふべし。其上、孔門の顔子の聴ける所は、子路きかず。子路の聴ける所、子貢きかず。論語の一書に皆あつめて記せり。しかれば、まのあたり教をうけたるにもまさり、大なる幸にあらずや。

書き下し

一孔孟また生れ給ふとも、論孟の二書のをしへにかはることなかるべし。しかれば、今論孟を見る人は、即孔孟にまのあたり教をうくると同じかるべし。此おもひをなして、よく心を用ふべし。其上、孔門の顔子の聴ける所は、子路きかず。子路の聴ける所、子貢きかず。論語の一書に皆あつめて記せり。しかれば、まのあたり教をうけたるにもまさり、大なる幸にあらずや。

現代語訳

一、孔子や孟子がもう一度生まれてこられても、論語と孟子の二書の教えと変わることはないでしょう。ですから、今論語と孟子を読む人は、そのまま孔子や孟子から直接教えを受けるのと同じでしょう。この思いを持って、よく心を用いるべきです。そのうえ、孔子の門下で顔回が聞いたことを子路は聞いておらず、子路が聞いたことを子貢は聞いていません。それが論語という一書にすべて集めて記されています。ですから、直接教えを受けるよりもまさっており、大きな幸せではないでしょうか。

解説

古典を読むことは、著者から直接教えを受けるのと同じだと説いています。さらに論語は、顔回・子路・子貢といった弟子たちがそれぞれ別々に聞いた言葉を一冊に集めたものなので、一人の弟子として孔子に仕えるよりも多くを学べると言います。書物の力をこれほど前向きに語った言葉は多くありません。今の私たちも、会うことのできない偉人の考えを本で丸ごと受け取れます。古典を読む前に、この心構えを持つと読み方が変わります。

この章句が説くこと

論語読書孔子学問古典

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