武教小学 / 子孫敎戒三
橫者曰椸。直者曰楎。掛衣者也。)漢唐之間。守義死節之女。(出列女傳及小學善行篇。漢唐已前之風俗。不及論也。)闔國武將之妻室。以盛衰不改節。以存亡不易心。或當賊。或死敵。如斯之禮節。如此之立操。豈以儒弱之敎平。蓋女者主陰。其體柔。其心順也。是自然之生質也。故以柔順爲用。(柔者柔和也。順者順從也。不争不妬。不怒不貪。是柔順之用也。孔子曰。婦人伏於人也。是故無專制之義。云云。)以能果斷爲制。(果敢決斷也。懦弱則泥着而不明。)戲遊言語。必不可以淫佚之事。敎以義之正道。示以武之本意。則夫婦之道正。而人倫之大道明矣。(王吉上疏曰。夫婦人倫之大綱也。朱子曰。有夫婦。然後有父子。云云。)師嘗曰。近世之俗。敎女子之學。皆以源氏伊勢物語等之俗書。甚可歎息平。此等之書。以淫佚之事爲樂。以悠艶之事爲專。或書女子之通別夫。或記人情之所及。筆力甚柔。而尤爲女子之書。然以此書爲垂戒之女子。今焉有平。所筆削之者。亦淫佚之女也。必不可令玩味之。
新字:横者曰椸。直者曰楎。掛衣者也。)漢唐之間。守義死節之女。(出列女伝及小学善行篇。漢唐已前之風俗。不及論也。)闔国武将之妻室。以盛衰不改節。以存亡不易心。或当賊。或死敵。如斯之礼節。如此之立操。豈以儒弱之教平。蓋女者主陰。其体柔。其心順也。是自然之生質也。故以柔順為用。(柔者柔和也。順者順従也。不争不妬。不怒不貪。是柔順之用也。孔子曰。婦人伏於人也。是故無専制之義。云云。)以能果断為制。(果敢決断也。懦弱則泥着而不明。)戯遊言語。必不可以淫佚之事。教以義之正道。示以武之本意。則夫婦之道正。而人倫之大道明矣。(王吉上疏曰。夫婦人倫之大綱也。朱子曰。有夫婦。然後有父子。云云。)師嘗曰。近世之俗。教女子之学。皆以源氏伊勢物語等之俗書。甚可嘆息平。此等之書。以淫佚之事為楽。以悠艶之事為専。或書女子之通別夫。或記人情之所及。筆力甚柔。而尤為女子之書。然以此書為垂戒之女子。今焉有平。所筆削之者。亦淫佚之女也。必不可令玩味之。
書き下し
横なるを椸と曰い、直なるを楎と曰う。衣を掛くる者也。)漢唐の間、義を守り節に死する女、(列女伝及び小学善行篇に出ず。漢唐已前の風俗は、論ずるに及ばざるなり。)闔国武将の妻室、盛衰を以て節を改めず、存亡を以て心を易えず。或いは賊に当たり、或いは敵に死す。斯くの如きの礼節、此くの如きの立操、豈に儒弱の教えを以てせん平。蓋し女は陰を主り、其の体は柔にして、其の心は順なり。是れ自然の生質なり。故に柔順を以て用と為す。(柔とは柔和なり。順とは順従なり。争わず妬まず、怒らず貪らず、是れ柔順の用なり。孔子曰く、婦人は人に伏する也。是の故に専制の義無し、云云。)能く果断なるを以て制と為す。(果敢決断なり。懦弱なれば則ち泥着して明らかならず。)戯遊言語、必ず淫佚の事を以てす可からず。教うるに義の正道を以てし、示すに武の本意を以てすれば、則ち夫婦の道正しくして、人倫の大道明らかなり。(王吉上疏に曰く、夫婦は人倫の大綱なり。朱子曰く、夫婦有りて、然る後に父子有り、云云。)師嘗て曰く、近世の俗、女子に学を教うるは、皆源氏伊勢物語等の俗書を以てす。甚だ歎息す可き平。此等の書は、淫佚の事を以て楽しみと為し、悠艶の事を以て専らと為す。或いは女子の夫に通別するを書き、或いは人情の及ぶ所を記す。筆力甚だ柔にして、尤も女子の書と為す。然れども此の書を以て戒めを垂るるの女子今焉に有り平。筆削する所の者も、亦淫佚の女なり。必ず之を玩味せしむ可からず。
現代語訳
(注:横にかけるものを椸、縦にかけるものを楎といいます。衣をかけるものです。)漢や唐の時代には、義を守り節に殉じた女たちがいました。(注:『列女伝』および『小学』善行篇に見えます。漢唐より前の風俗は、論じるまでもありません。)国じゅうの武将の妻たちは、盛衰によって節を改めず、存亡によって心を変えませんでした。あるときは賊に立ち向かい、あるときは敵に殉じました。このような礼節、このような操の立て方が、弱々しい教えから生まれるでしょうか。思うに、女は陰を主とし、その身体は柔らかく、その心は従順です。これは生まれつきの性質です。だから柔順をはたらきとします。(注:柔とは柔和なこと、順とは従順なことです。争わず、妬まず、怒らず、貪らないのが柔順のはたらきです。孔子は、婦人は人に従うものである、だから自分の思いのまま決める義はない、云々、と言いました。)そのうえで、よく果断であることを決まりとします。(注:果敢に決断することです。気弱であれば、こだわって明らかさを欠きます。)遊びや言葉遣いに、決して淫らで放縦なことを用いてはいけません。義の正しい道を教え、武の本来の意を示せば、夫婦の道は正しくなり、人倫の大道は明らかになります。(注:王吉の上疏には、夫婦は人倫の大綱である、とあります。朱子は、夫婦があって、そののち父子がある、云々、と言いました。)師はかつてこう言われました。近ごろの風習では、女子に学問を教えるのに、皆『源氏』や『伊勢物語』などの俗書を使う。まことに嘆かわしいことだ。これらの書は、淫らで放縦なことを楽しみとし、艶めいたことを主としている。女子が夫以外の人と通じたり別れたりすることを書き、あるいは人情の及ぶところを記している。筆づかいはきわめて柔らかく、もっとも女子向きの書とされる。しかしこの書を戒めとして女子に残すものが、いまどこにあるだろうか。この書を書いた者もまた、淫らで放縦な女だ。決してこれを味わい読ませてはならない、と。
解説
この章句が説くこと
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