武教小学 / 子孫敎戒一
子孫之恩情者。天道之自然。血脈相續之所成也。人倫之厚。何事及之平。我身旣沒。而嗣子放僻。則家絶身滅。何以恩愛之甚。不垂敎戒之事哉。士者。以大丈夫爲勇。於愛惠之切。以信勇不戒之。則非志士仁人。(孟子曰。富貴不能淫。貧賤不能移。威武不能屈。此之謂大丈夫。)凡幼稱之間。氣之所稟。唯天然。而心知未有所主。其習日長月益。善惡所機。甚可愼。張橫渠曰。今世男女。從幼便驕惰懷了。到長益凶狠。又曰。子愛而不敎。曰驕子。士之敎戒子孫。使正其知。勇其機。信其事。(曲禮曰。幼子常視勿誑。立必正方。不傾聽。云云。)故於知之發。考邪正。戒邪揚正養勇。而不使恐威之。雖少事。不以詐僞。戲遊必以弓矢竹馬之禮。言語皆以武義禮讓之節。使其精氣全。情欲寡。敎以文學。(論語曰。好仁不好學。其蔽也愚。好知不好學。其蔽也蕩。好信不好學。其蔽也賊。好直不好學。其蔽也賊。好勇不好學。其蔽也絞。好剛不好學。其蔽也狂。云云。凡幼稱精氣全備之節。先以學令覺先聖之格言。
新字:子孫之恩情者。天道之自然。血脈相続之所成也。人倫之厚。何事及之平。我身既没。而嗣子放僻。則家絶身滅。何以恩愛之甚。不垂教戒之事哉。士者。以大丈夫為勇。於愛恵之切。以信勇不戒之。則非志士仁人。(孟子曰。富貴不能淫。貧賤不能移。威武不能屈。此之謂大丈夫。)凡幼称之間。気之所稟。唯天然。而心知未有所主。其習日長月益。善悪所機。甚可慎。張横渠曰。今世男女。従幼便驕惰懐了。到長益凶狠。又曰。子愛而不教。曰驕子。士之教戒子孫。使正其知。勇其機。信其事。(曲礼曰。幼子常視勿誑。立必正方。不傾聴。云云。)故於知之発。考邪正。戒邪揚正養勇。而不使恐威之。雖少事。不以詐偽。戯遊必以弓矢竹馬之礼。言語皆以武義礼譲之節。使其精気全。情欲寡。教以文学。(論語曰。好仁不好学。其蔽也愚。好知不好学。其蔽也蕩。好信不好学。其蔽也賊。好直不好学。其蔽也賊。好勇不好学。其蔽也絞。好剛不好学。其蔽也狂。云云。凡幼称精気全備之節。先以学令覚先聖之格言。
書き下し
子孫の恩情は、天道の自然、血脈相続の成す所なり。人倫の厚き、何事か之に及ばん平。我が身既に没して、嗣子放僻なれば、則ち家絶え身滅ぶ。何を以て恩愛の甚しきに、教戒を垂れざる事あらん哉。士は、大丈夫を以て勇と為す。愛恵の切なるに於いて、信勇之を戒めざれば、則ち志士仁人に非ず。(孟子曰く、富貴も淫すること能わず。貧賤も移すこと能わず。威武も屈すること能わず。此を之れ大丈夫と謂う。)凡そ幼稚の間は、気の稟くる所、唯だ天然にして、心知未だ主とする所有らず。其の習い日に長じ月に益し、善悪の機する所、甚だ慎む可し。張横渠曰く、今の世の男女、幼より便ち驕惰懐了し、長ずるに到りて益々凶狠なり、と。又曰く、子を愛して教えざるを、驕子と曰う、と。士の子孫を教戒するは、其の知を正しくし、其の機を勇ましくし、其の事を信にす。(曲礼に曰く、幼子には常に視て誑くこと勿れ。立つに必ず方を正しくし、傾き聴かず。云云。)故に知の発するに於いて、邪正を考え、邪を戒め正を揚げ勇を養いて、之を恐れ威さしめず。少事と雖も、詐偽を以てせず、戯遊には必ず弓矢竹馬の礼を以てし、言語は皆武義礼譲の節を以てす。其の精気を全うし、情欲を寡なからしめ、教うるに文学を以てす。(論語曰く、仁を好みて学を好まざれば、其の蔽や愚。知を好みて学を好まざれば、其の蔽や蕩。信を好みて学を好まざれば、其の蔽や賊。直を好みて学を好まざれば、其の蔽や賊。勇を好みて学を好まざれば、其の蔽や絞。剛を好みて学を好まざれば、其の蔽や狂。云云。凡そ幼稚精気全備の節は、先ず学を以て先聖の格言を覚えしむ。
現代語訳
子孫に対する恩愛の情は、天道のおのずからの働きであり、血筋が受け継がれることから生まれます。人の道の厚さで、これに及ぶものがあるでしょうか。自分が亡くなったあと、跡継ぎが放埓で偏ったありさまなら、家は絶え身は滅びます。それなのに、恩愛が深いからといって、教え戒めを残さないことがあってよいでしょうか。士は、大丈夫であることを勇とします。慈しみが切実なあまり、誠と勇をもって子を戒めないなら、志ある士でも仁ある人でもありません。(注:孟子は言いました。富貴も心を乱せず、貧賤も志を変えさせず、威力や武力も屈服させられない、これを大丈夫という、と。)およそ幼い間は、生まれつきの気質のままで、心や知はまだ定まったところがありません。その習いは日ごと月ごとに伸び、善悪が分かれるきっかけがあるので、深く慎むべきです。張横渠は言いました。いまの世の男女は、幼いころから驕りと怠けを抱え、成長するにつれて凶暴さを増す、と。また、子を愛して教えないのを驕子という、とも言いました。士が子孫を教え戒めるときは、知を正し、きっかけを勇ましくし、事を誠実にするようにします。(注:『礼記』曲礼には、幼い子には常に偽りを見せない。立つときは必ず姿勢を正し、傾いて聞かない、云々とあります。)だから知が働きはじめたところで、邪と正を見分け、邪を戒め正を高く示して、勇を養い、恐れや威圧を用いません。小さなことでも偽りをせず、遊びには必ず弓矢や竹馬の礼を用い、言葉遣いはすべて武の義と礼譲の節度をもってします。その精気を損なわず、情欲を少なくし、教えには文学を用います。(注:『論語』にはこうあります。仁を好んで学を好まなければ、その弊害は愚かさ。知を好んで学を好まなければ、弊害はとりとめのなさ。信を好んで学を好まなければ、弊害は人を損なうこと。直を好んで学を好まなければ、弊害は人を締めつけること。勇を好んで学を好まなければ、弊害は秩序を乱すこと。剛を好んで学を好まなければ、弊害は狂気じみること、云々。およそ幼く精気が整うころの節度は、まず学によって先聖の格言を覚えさせることです。
解説
この章句が説くこと
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『武教小学』子孫敎戒(二)是れ古の法なり。)然れども或いは記誦に陥り、或いは詞章を玩べば、則ち倭俗を忘れて漢様を欲す。(婚冠喪祭衣服言語、必ず漢俗に模せんと欲するは、是れ泥着の致す所なり。)明道曰く、凡百の玩好は皆志を奪う。書札に至るまで、好に向かいて着すれば、亦自ら志を喪う、云云、と。人に気稟の異有り。故に其の軽重清濁を考え、習い馴れしむ。言語已に通ずれば、則ち師を選び友を考え、人品の下に到らしむること勿れ。(康節邵先生、子孫を戒めて曰く、上品の人は、教えずして善し。中品の人は、教えて後に善し。下品の人は、教えても亦善からず。教えずして善きは、聖に非ずして何ぞ。教えて後に善きは、賢に非ずして何ぞ。教えても亦善からざるは、愚に非ずして何ぞ、と。)師弟の相接するは、尤も敬恭す可し。兵書武冊は、汚席に置く可からず。盥漱して之を披く。師を貴ぶこと父兄の如くす。(父兄は、天然の序なり。師は我を導き、道義に到らしめ、五倫の明らかなるを知らしむ。其の恩情至って厚し。豈に忽にするが如くならん平。我士と為りて、武書武事を軽んずる者は、志士に非ざるなり。)凡そ女子の教戒は、甚だ以て慎む可し。其の法多く儒弱を以て教えと為す。大いに誤りなり。士の妻室たる者は、士常に朝に在りて、内を知らず。故に夫に代わりて家業を戒む。豈に儒弱を以てせん平。夫れ男は内を知らず、女は外を言わず。宮室の為に内外を弁ず。(内則に曰く、礼は夫婦に始まる。宮室の為に内外を弁ず、云云。)男女の為に椸枷を同じくせず、敢えて夫の楎椸に懸けず。舅姑の道を能くす。(皆内則の言也。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上第一いつはれる事、次に気随にてほしいままなる事を、早くいましめて、必いつはり恣なる事をゆるすべからず。やんごとなき大家の子は、殊に早くいましめ教へざれば、年長じては、勢強く位高くして、諫め難し。凡小児のあしくなりぬるは、父母乳母かしづきなるる人の、教の道知らずして、其あしき事をゆるし、したがひほめて、其子の本性を害ふ故なり。或は暫く泣く声を止めんとて、あざむきすかして、姑息の愛をなす。其事誠ならざれば、則是偽を教ふるなり。又たはぶれに恐しき事どもを云聞かせ、よりよりおどしいるれば、後に臆病の癖となる。武士の子は、殊に是をいましむべし。幽霊、ばけもの、怪く誠なき物語、必いましめて聞かしむべからず。
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『武教小学』子孫敎戒(三)横なるを椸と曰い、直なるを楎と曰う。衣を掛くる者也。)漢唐の間、義を守り節に死する女、(列女伝及び小学善行篇に出ず。漢唐已前の風俗は、論ずるに及ばざるなり。)闔国武将の妻室、盛衰を以て節を改めず、存亡を以て心を易えず。或いは賊に当たり、或いは敵に死す。斯くの如きの礼節、此くの如きの立操、豈に儒弱の教えを以てせん平。蓋し女は陰を主り、其の体は柔にして、其の心は順なり。是れ自然の生質なり。故に柔順を以て用と為す。(柔とは柔和なり。順とは順従なり。争わず妬まず、怒らず貪らず、是れ柔順の用なり。孔子曰く、婦人は人に伏する也。是の故に専制の義無し、云云。)能く果断なるを以て制と為す。(果敢決断なり。懦弱なれば則ち泥着して明らかならず。)戯遊言語、必ず淫佚の事を以てす可からず。教うるに義の正道を以てし、示すに武の本意を以てすれば、則ち夫婦の道正しくして、人倫の大道明らかなり。(王吉上疏に曰く、夫婦は人倫の大綱なり。朱子曰く、夫婦有りて、然る後に父子有り、云云。)師嘗て曰く、近世の俗、女子に学を教うるは、皆源氏伊勢物語等の俗書を以てす。甚だ歎息す可き平。此等の書は、淫佚の事を以て楽しみと為し、悠艶の事を以て専らと為す。或いは女子の夫に通別するを書き、或いは人情の及ぶ所を記す。筆力甚だ柔にして、尤も女子の書と為す。然れども此の書を以て戒めを垂るるの女子今焉に有り平。筆削する所の者も、亦淫佚の女なり。必ず之を玩味せしむ可からず。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一小児の時より、早く父母兄長に事へ、賓客に対して、礼を勤め、読書、手習、芸能を勤めまなびて、悪しき方に移るべきいとまなく苦労さすべし。はかなき遊にひまを費さしめて、ならはし悪しくすべからず。衣服、飲食、器物、居処、僕従に至るまで、其家の位よりまどしくばうそくにして、もてなしうすく、心のままならざるがよし。幼き時艱難に習へば、年たけて難苦に堪へやすく、忠孝の勤を苦まず、病少なく驕なくして、放逸ならず。能く家を保ちて、一生の間、幸となり、後の楽多し。もし不意の変にあひ、貧窮に至り、或は戦場に出でても、身の苦なし。斯の如く子を育つるは、誠によく子を愛するなり。又幼少より養豊かにして、もてなしあつく、心のままにして安楽なれば、おごりにならひ、私慾多くして、病多く、艱難に堪へず、父母に事へ君に仕ふるに、勤を苦みて、忠孝も行ひ難く、学問芸能の勤成り難し。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一小児の時より、心もちやはらかに、人をいつくしみ、情ありて、人を苦めあなどらず、常に善を好み、人を愛し、仁を行ふを以て、志とすべし。人我が心にかなはざるとて、顔色をはげしくし、詞をあらくして、人を怒り罵るべからず。小児もし不仁にして、人を苦め侮りて情なくば、早くいましむべし。人に対して温和なれども、其身正しければ、幼きとて人侮らず。
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『翁問答』上卷之本然る如く稚き者の心立て身持ちも、父母乳母等の心立身持を見あやかり聞あやかるに因て、父母乳母の徳教を子孫に教ゆる根本とする故に、乳母の人柄を撰み、父母の身を治め、心正して全孝の道を、口に語り身に行ひて、教への根本を培養すべし、八ツ九ツにも成りぬる時は、生付利根なる者には、孝経を読せ、折々孝経の内急用なる芸より習はし、才徳成就の教へを専とすべし、生付愚鈍にして、才徳成就の望成り難きには、孝経の義理を何時となく語り聞せて、孝徳の本心を失はずして、好人となる教を専とす可し、成童の時よりの教は、師匠と友を撰ぶを教の肝要とす、扨すきわいは夫々の気用に従ひ、夫々の運命を考へて、本分の生理、士農工商の内をはかり定むべし、是子に教への大方なり、
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