武教小学 / 放鷹狩獵
放鷹狩獵者。古之制也。鳥獸之荒田園。尤可殺生之。爲士之道。知險阨遠近山川之形。計風俗街歌巷說之品。(街歌者。路街之童稺所歌謠也。巷說者。於路巷所風說。皆時代之政務。略所發見也。)自入水澤山林。用矢玉劍戟。輕四支。習骨節。考士卒之材。閱兵士之用。必士之所可勤也。然用有時。(知農作之時。知寒暑之苦。)致有節。苟失時忘節。則荒田園費民力。豈如鳥獸之禍平。士之所爲。雖戲遊皆有據。而不計其本末。則常荒暴而已。
新字:放鷹狩猟者。古之制也。鳥獣之荒田園。尤可殺生之。為士之道。知険阨遠近山川之形。計風俗街歌巷説之品。(街歌者。路街之童稺所歌謡也。巷説者。於路巷所風説。皆時代之政務。略所発見也。)自入水沢山林。用矢玉剣戟。軽四支。習骨節。考士卒之材。閲兵士之用。必士之所可勤也。然用有時。(知農作之時。知寒暑之苦。)致有節。苟失時忘節。則荒田園費民力。豈如鳥獣之禍平。士之所為。雖戯遊皆有拠。而不計其本末。則常荒暴而已。
書き下し
放鷹狩猟は、古の制なり。鳥獣の田園を荒らすは、尤も之を殺生す可し。士たるの道は、険阨遠近山川の形を知り、風俗街歌巷説の品を計る。(街歌とは、路街の童稚の歌謡する所なり。巷説とは、路巷に於いて風説する所なり。皆時代の政務、略ぼ発見する所なり。)自ら水沢山林に入り、矢玉剣戟を用い、四支を軽くし、骨節を習わし、士卒の材を考え、兵士の用を閲す。必ず士の勤む可き所なり。然れども用に時有り。(農作の時を知り、寒暑の苦を知る。)致すに節有り。苟くも時を失い節を忘るれば、則ち田園を荒らし民力を費やす。豈に鳥獣の禍の如くならん平。士の為す所、戯遊と雖も皆据有り。而して其の本末を計らざれば、則ち常に荒暴なるのみ。
現代語訳
鷹狩りや狩猟は、古くからの制度です。鳥獣が田や畑を荒らすのは、とくにこれを殺して防ぐべきです。士のあり方として、険しい地形や遠近、山川の形を知り、風俗や街の歌、巷の噂の中身を測ることが挙げられます。(注:街歌とは、道ばたの子どもたちが歌う歌謡のことです。巷説とは、道ばたや路地で噂される話のことです。いずれも時代の政治や務めの様子を、おおよそ見て取れるものです。)自ら水辺や沢、山林に入り、矢や弾、剣や戟を使い、手足を軽くし、骨や関節を鍛え、士卒の素質を見きわめ、兵士の働きを検分します。これは士が必ず努めるべきことです。ただし、行うには時があります。(注:農作の時期を知り、寒暑の苦しさを知ることです。)また、やり方には節度があります。もし時を誤り節度を忘れれば、田や畑を荒らし、民の力を費やします。それでは鳥獣の災いとどうして変わりましょうか。士のすることは、遊びであっても皆根拠があります。その本末を考えなければ、いつも荒々しく乱暴なだけになってしまいます。
解説
この章句が説くこと
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『弁名』文質體用本末本末は猶ほ源流のごときなり。凡そ所謂本なる者は、皆其の功を施す所の始めを謂ふなり。「天下の本は国に在り、国の本は家に在り」の如き、皆是なり。後世本体・本心の説有るは、古書に無き所なり。「孝弟なる者は其れ仁の本たるか」の如き、亦た仁政を行ふは必ず孝弟より始むるを言ふなり。「喜怒の未だ発せざる、之を中と謂ふ。中なる者は天下の大本なり」の如き、乃ち聖人の道を立つるに、人の性に率ひて以て之を立つるを言ふ。亦た道の由りて始まる所を語るのみ。体用の説は古に無き所なり。仁斎先生之を辨ず、是と為す。礼運に「仁なる者は順の体なり」と曰ひ、燕義に「和寧は礼の用なり」と曰ふが如き、皆順を体し、礼を用ふるを謂ふのみ。
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『都鄙問答』卷之四・醫ノ志ヲ問ノ段答、博学は我も好む所なり、捨つるにあらず。然れども、医学熟して後のことなり。本末を正す時は、医学は本と知るべし。有子曰く、本立ちて道生ずと。本末の違へるは、君子の道にあらず。扠汝は、世俗の聞きなれぬことを云ふを、博学と思はれ候や。それは麁相なる了簡なり。良医は聞きなれぬことを云ふものに非ず。医書に、望聞問切と云ふことあり。先づ病人に望み、容体を見るを望と云ふ。様子を聞きて、病を知るを聞と云ふ。不審を問ひて察するを問と云ふ。脈を診て病を定むるを切と云ふ。然れば病人に望み、其の容体を観て後に、疾のことを言はせて聞き、又委細のことは、看病の者に問ひ、且つ脈を診て、我が意に合へるか合はざるかと得心して、薬を用ゆべきことなり。それに人の聞きなれぬことを云ひ、
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『講孟余話』盡心上 第四十三章師弟朋友は皆徳を以て交はる者なり、挟む所あるべからず。此の章、万章下篇第三章と并せ考ふべし。「已むべからざるに於て已む者は、已まざる所なし。厚くする所の者に於て薄くすれば、薄くせざる所なし」と云ふは、大学に「其の本乱れて末治まる者は否ず。其の厚くする所の者薄くして、其の薄くする所の者厚きは、未だ之れ有らざるなり」と云ふと同義なり。宜しく大学を以て解とすべし。
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新語・術事故に性は人に蔵れば、則ち気は天に達し、纖微浩大、下学上達す。事は類を以て相従い、声は音を以て相応ず。道唱えて徳和し、仁立ちて義興る。王者は之を朝廷に行い、疋夫は之を田に行う。末を治むる者は其の本を調え、其の影を端しくする者は其の形を正す。其の根を養う者は則ち枝葉茂り、志気調う者は即ち道沖たり。故に遠きを求むる者は近きを失う可からず、影を治むる者は其の容を忘る可からず。上明らかにして下清く、君聖にして臣忠なり。或いは遠きを図りて近きを失い、或いは道塞がりて路窮まる。季孫は顓臾の地を貪りて、変は蕭牆の内に起こる。夫れ進取する者は難を顧みざる可からず、事を謀る者は忠を尽くさざる可からず。故に刑立てば則ち徳散じ、佞用いらるれば則ち忠亡ぶ。詩に云う、「式て爾の心を訛し、以て万邦を蓄う」と。一心天下を化して、□□国治まるを言うは、此れを之れ謂うなり。
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『翁問答』上卷之末体充曰、左様候はゞ武芸文芸はいらぬものにて御座候や。師の曰、それは悪しき心得にて候本を捨てゝ末ばかりを求め学ぶ僻事なりといふ事にて候、根本の仁義を立ての上に文芸武芸に長じぬるは、本末兼備はる多能の君子にて、世俗の諺にいへる花も実もある人なり、本立つての上には文芸武芸ことのほか重宝なり、本末先後のこゝろへ簡要にて候。体充曰、本末兼備はる事ならざるものは、いかゞ仕り候はんや。師の曰、末を捨てゝ本を学びたるがよく候、文芸をしらずして文道をよく行ひ、武芸をしらずして武功を樹てたる人古来多し、これみな本を第一に勤めたる故にて候、よくよく心得べき事なり。
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