武教小学 / 燕居
傳曰。仕官之途。至四十。爲强仕之年。(內則曰。三十而有室。四十始仕。方物出謀發慮。道合則服從。不可則去。注曰。四十曰强。)凡考子孫之量。雖爲弱冠。(二十而冠。始學禮。)可使經官途矣。(此章不拘書道之言。唯依其器。可有遲速之義也。)士雖仕君。閑暇多。(其役職之有閑暇也。)或不幸而未仕君。或父母早沒及遠離。而不得朝夕之勤仕。燕居休暇之日多。則其志怠。而不愼家業。殆類禽獸矣。(孟子曰。人之有道也。飽食暖衣逸居。而無敎。則近於禽獸。)大學曰。小人閑居。而爲不善。無所不至。云々。故於閑居之士。不可無敎戒。先夙起。而盥漱櫛。(躰認之事如前章。)出坐。謁諸士。對賓客。於庭前見馬。及乘馬。(御者六藝之一。而馬者士之足也。不知御馬之法。則無達軍戰之用。故古人重之。師嘗曰。相馬之法。好不以道。唯好喜人之目。而不知士之用法。尤可愼也。)速食。(辰上刻爲朝飯之時也。)盥漱而後。或劒術。或弓射之禮。或鐵炮。或鑓。皆矯骨節。正進退之法也。故到師許。又招請師。而更不可懈。久怠。則手足不自由。骨節不相應。而身不輕。體不馴。而士之業必闕。猶暇。則披書。而論武義。講兵法。閱士器。(士之器者。士之可用之雜器也。師且曰。兵器之用雖完備。收藏而常不試。則雖置其職司。必怠。而久。則腐敗。或外好而內蠹。或損多而用不足。故武將之古。坐席賓客之用。粧飾之。皆以武器。而不以玩器。是爲尊其用於先覺。問其利於師友。而或捨或用。而盡其實也。)士之志如斯。則其氣專。而不之他。放僻邪侈之意。無所發。故孟子曰。人無恒產。則無恒心。(產者產業也。四民各有恒之產業。若失產業。則恒心放逸。而放僻邪侈之心滿溢也。)
新字:伝曰。仕官之途。至四十。為強仕之年。(内則曰。三十而有室。四十始仕。方物出謀発慮。道合則服従。不可則去。注曰。四十曰強。)凡考子孫之量。雖為弱冠。(二十而冠。始学礼。)可使経官途矣。(此章不拘書道之言。唯依其器。可有遅速之義也。)士雖仕君。閑暇多。(其役職之有閑暇也。)或不幸而未仕君。或父母早没及遠離。而不得朝夕之勤仕。燕居休暇之日多。則其志怠。而不慎家業。殆類禽獣矣。(孟子曰。人之有道也。飽食暖衣逸居。而無教。則近於禽獣。)大学曰。小人閑居。而為不善。無所不至。云々。故於閑居之士。不可無教戒。先夙起。而盥漱櫛。(体認之事如前章。)出坐。謁諸士。対賓客。於庭前見馬。及乗馬。(御者六芸之一。而馬者士之足也。不知御馬之法。則無達軍戦之用。故古人重之。師嘗曰。相馬之法。好不以道。唯好喜人之目。而不知士之用法。尤可慎也。)速食。(辰上刻為朝飯之時也。)盥漱而後。或劒術。或弓射之礼。或鉄炮。或鑓。皆矯骨節。正進退之法也。故到師許。又招請師。而更不可懈。久怠。則手足不自由。骨節不相応。而身不軽。体不馴。而士之業必闕。猶暇。則披書。而論武義。講兵法。閲士器。(士之器者。士之可用之雑器也。師且曰。兵器之用雖完備。収蔵而常不試。則雖置其職司。必怠。而久。則腐敗。或外好而内蠹。或損多而用不足。故武将之古。坐席賓客之用。粧飾之。皆以武器。而不以玩器。是為尊其用於先覚。問其利於師友。而或捨或用。而尽其実也。)士之志如斯。則其気専。而不之他。放僻邪侈之意。無所発。故孟子曰。人無恒産。則無恒心。(産者産業也。四民各有恒之産業。若失産業。則恒心放逸。而放僻邪侈之心満溢也。)
書き下し
伝に曰く、仕官の途は、四十に至りて強仕の年と為す。(内則に曰く、三十にして室有り、四十にして始めて仕う。方に物に出でて謀を出し慮を発し、道合えば則ち服従し、不可なれば則ち去る。注に曰く、四十を強と曰う、と。)凡そ子孫の量を考うるに、弱冠為りと雖も、(二十にして冠す。始めて礼を学ぶ。)官途を経しむべし。(此の章は書道の言に拘らず、唯其の器に依りて、遅速有るべきの義なり。)士は君に仕うと雖も、閑暇多し。(其の役職の閑暇有るなり。)或いは不幸にして未だ君に仕えず、或いは父母早く没し及び遠く離れて、朝夕の勤仕を得ず、燕居休暇の日多ければ、則ち其の志怠りて家業を慎まず、殆ど禽獣に類す。(孟子曰く、人の道有るや、飽食暖衣逸居して教え無ければ、則ち禽獣に近し、と。)大学に曰く、小人閑居して不善を為し、至らざる所無し、云々、と。故に閑居の士には、教戒無かるべからず。先ず夙に起きて盥漱櫛し、(体認の事は前章の如し。)出でて坐し、諸士に謁し、賓客に対し、庭前にて馬を見、及び馬に乗る。(御は六芸の一にして、馬は士の足なり。馬を御するの法を知らざれば、則ち軍戦の用に達する無し。故に古人之を重んず。師嘗て曰く、馬を相するの法、好むに道を以てせず、唯人の目を好喜して、士の用法を知らず。尤も慎むべきなり、と。)速やかに食す。(辰の上刻を朝飯の時と為すなり。)盥漱して後、或いは剣術、或いは弓射の礼、或いは鉄炮、或いは鑓、皆骨節を矯め、進退の法を正すなり。故に師の許に到り、又師を招請して、更に懈るべからず。久しく怠れば、則ち手足自由ならず、骨節相応ぜずして、身軽からず、体馴れずして、士の業必ず闕く。猶お暇あれば、則ち書を披きて武義を論じ、兵法を講じ、士器を閲す。(士の器とは、士の用うべき雑器なり。師且つ曰く、兵器の用完備すと雖も、収蔵して常に試みざれば、其の職司を置くと雖も必ず怠り、久しければ則ち腐敗す。或いは外は好くして内は蠹い、或いは損多くして用足らず。故に武将の古は、坐席賓客の用、之を粧飾するに皆武器を以てして、玩器を以てせず。是れ其の用を先覚に尊び、其の利を師友に問い、或いは捨て或いは用いて、其の実を尽くすと為すなり、と。)士の志斯くの如くなれば、則ち其の気専らにして他に之かず、放僻邪侈の意、発する所無し。故に孟子曰く、人恒産無ければ、則ち恒心無し、と。(産とは産業なり。四民各々恒の産業有り。若し産業を失えば、則ち恒心放逸して、放僻邪侈の心満ち溢るるなり。)
現代語訳
伝に言います。仕官の道では、四十歳になって強仕の年とします。(注:『内則』には「三十で妻を持ち、四十で初めて仕える。そのとき物事に当たって計画を出し考えを巡らし、道が合えば従い、合わなければ去る」とあります。注には「四十を強という」とあります。)子孫の器量を考えるときは、二十歳の若さであっても官途を経験させるのがよいでしょう。(注:二十歳で冠をかぶり、初めて礼を学びます。この章は書物の言葉にこだわらず、その人の器量に応じて、早い遅いがあってよいという意味です。)士は主君に仕えていても、暇な時間が多いものです。(注:その役職に暇があるということです。)不幸にしてまだ主君に仕えていない人や、父母が早く亡くなったり遠く離れたりして、朝夕の勤めがない人は、くつろぎと休みの日が多くなり、志が怠けて家業も慎まなくなり、ほとんど禽獣と変わらなくなります。(注:孟子は「人に道があるといっても、腹いっぱい食べ、暖かく着て、安楽に暮らして教えがなければ、禽獣に近い」と言っています。)『大学』にも「小人が暇で一人でいると、不善を行い、至らないところがない」などとあります。そのため、暇の多い士には教えと戒めがなくてはなりません。まず早く起きて顔や口や髪を整え、(注:心にかみしめることは前の章のとおりです。)出て座り、諸士に会い、客に対応し、庭先で馬を見、馬に乗ります。(注:御は六芸のひとつで、馬は士の足です。馬の扱いを知らなければ、戦での用に立ちません。だから古人はこれを重んじました。先生はかつて「馬を見分けるとき、好みを正しい道によらず、ただ人の目を喜ばせることを好み、士の用に立つ使い方を知らない。特に慎むべきだ」と言われました。)すばやく食事をします。(注:辰の上刻、つまり午前八時ごろを朝食の時とします。)顔と口を整えたあとは、剣術や弓の礼、鉄砲、槍などの稽古をします。いずれも骨や関節を整え、進退の法を正すものです。だから師のもとへ行き、また師を招き、決して怠ってはなりません。長く怠ると、手足が思うように動かず、関節が噛み合わず、体は軽くならず、慣れも失われ、士の務めは必ず欠けます。さらに暇があれば、書を開いて武の義を論じ、兵法を講じ、士の器を検分します。(注:士の器とは、士が使うべき雑多な器のことです。先生はまた「兵器の用が完備していても、しまいこんで試さなければ、担当の職を置いても必ず怠り、長くなれば腐って傷む。見かけは良くても中が虫食いだったり、損傷が多くて用が足りなくなったりする。だから昔の武将は、座席や客を迎える場の飾りに武器を用い、玩具のような器は用いなかった。これはその用を先に悟った人に尊び、その利を師や友に問い、捨てたり用いたりしてその実を尽くすことだ」と言われました。)士の志がこのようであれば、気持ちが一つに集中してほかへ行かず、よこしまでぜいたくな心が起こる余地はありません。だから孟子は「恒産がなければ、恒心もない」と言いました。(注:産とは生業のことです。四民にはそれぞれ定まった生業があります。もし生業を失えば、定まった心も気ままになり、よこしまな心があふれ出ます。)
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武教小学』夙起夜寐凡そ士為るの法は、先ず夙に起きて、盥漱櫛し、衣服を正し、用具を佩ぶ。(盥は手を洗うなり。漱は口を漱ぐなり。櫛は梳るなり。用具とは腰刀・扇・火打袋の類なり。)能く平旦の気を養い、(孟子に出ず。)而して君父の恩情を体認し、今日の家業を思量す。身体髪膚、之を父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始めなり、身を立て道を行い、名を後世に揚げ、以て父母を顕すは孝の終わりなり、と観るべし。而る後、家事を示し、賓客に謁し、君に事う。則ち速やかに出仕す。父母に事うれば、則ち行きて其の安否を察す。出でて事うれば、則ち謀は其の位を出でず。長者に侍すれば、則ち敬すること父兄の如し。能く謙退して争わず。(右は君に事え父母に事え長幼を序するの説なり。皆倫を明らかにするの事なり。)文を以て友を会し、友を以て仁を輔く。(曾子の言なり。朱子曰く、学を講じて以て友に会すれば、則ち道益々明らかなり、と。云云。)益友有れば則ち事を問い、(孔子曰く、益する者三友、損する者三友。友直、友諒、友多聞は、益なり。友便辟、友善柔、友便佞は、損なり、と。)能く信にして偽らず、常に士の正義を思いて、懈るべからず。是れ交わりを全うするの道なり。(以上は朋友の交わりを明らかにするを言うなり。曲礼に曰く、君子は人の歓を尽くさず、人の忠を竭くさず、以て交わりを全うするなり、と。)凡そ仕官の途は、朝は人に先んじて出で、夕は人に後れて退く。帰宅の後、先ず父母に謁し、気を下し色を怡ばしむ。(内則に曰く、気を下し色を怡ばしめ、衣の燠寒、疾痛苛痒を問いて、敬いて抑え搔く、云々、と。)席に着きて留守の用所を問い、(家事を問うなり。)急緩を計りて其の事を行う。閑なれば則ち今日の行事を顧み、暇なれば則ち書伝を披きて、士の正道を考え、義不義の行を知る。日既に没すれば則ち夜戒を為す。(火難を禦ぎ不虞に備うるの戒めなり。更に間断すべからざるなり。)寝所に入り、気を休め体を寛くして、士卒の体を安んぜしむ。(凡そ家司下人は、主に先んじて起き、主に後れて寝ぬ。其の休息は暫時なり。故に夜寐ぬるに安んぜしむるなり。)
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『山鹿語類』士道・正一日之用師又曰く、士に燕居の戒有り、慎まざるべからず。伝に曰く、仕官の途は四十を以て強仕の年と為すと。是れ出でて仕へ謀りて合ふの節なり。然れども子孫の量を考へ、君父の命に因りて、弱冠の間たりと雖も、之をして官途を経しむべし。士は仕官すと雖も、其の職労少くして常に間暇多し。或は休暇を賜りて燕居し、不幸にして未だ君に仕へず、或は父母早く没し、遠く離るるに及びて、朝夕の恪勤を得ず。燕居閑暇の日多ければ、則ち其の志怠りて放辟邪侈に到り、自ら天地の一閑人と称し、家業を慎まず、殆ど遂に禽獣に陥る。曾子曰く、小人閑居して不善を為し、至らざる所無しと。是れなり。故に閑居の間、教戒無かるべからず。凡そ大丈夫は昭々の為に節を信べず、冥々の為に行を惰らず。
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『山鹿語類』士道・正一日之用故に先づ夙に興きて身を潔くし、省認観を養ひ、席に出でて諸士に謁し、来賓を待つ。或は射御馬を見、速やかに飲食し、饗応招請せず。而して食時に来客有れば、則ち疎食を改めず、簞醪を共にす。徹すれば則ち盥漱し、容貌を正し、威儀を荘にす。用事無ければ則ち剣を握り弓を控き、或は鉄炮、或は長槍、各其の芸に游び、骨節を矯め、進退を正し、先覚を招き、彼の許に到りて、更に忘るべからず。久しく懈れば則ち手足自由ならず、骨節相応ぜず、身馴れず、体軽からずして、業闕く。古人甕を運びて力を致す。其の志を励まし力を勤むる、併せ察すべきなり。猶暇あれば則ち書を閲し兵法武義を論講し、其の事物の理を窮め、其の器用の制を詳にし、唯聖人の言ふ所を宗とす。日既に西すれば則ち暮食して礼を復す。朝食の礼を復するなり。朝暮の食は疏にして速やかなるを貴ぶ。日云に昏るれば早く燭を立てて物色を弁じ、嫌疑を去る。事有れば則ち進みて之を恪み、事無ければ則ち静かにして気を安んず。凡そ大丈夫燕居の間、其の独りを慎むこと此くの如くなれば、則ち内疚しからず、明暗を以て礼を廃せず、心于に広く、体于に胖かに、気于に専一にして、志定向する所有りて、放僻邪侈の意発する所無し。是れ燕居の戒なり。
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『武教小学』行住座臥行くには径に由らず、(子游曰く、澹台滅明は行くに径に由らず、と。朱子曰く、径とは路の小にして捷き者なり。動くこと必ず正を以てし、小を見て速やかならんと欲する意無し。楊氏曰く、後世径に由らざる者有れば、人必ず以て迂と為さん。孔子の徒に非ざれば、其れ孰か能く知りて之を取らん、と。)傍人を礙げず、非礼を為さず、過言を出ださず。門を出づるより、敵を見るが如くす。(道路は貴賤往来の径なり。辞譲の礼有れば、則ち喧嘩の事無し。若し誤りて下人の他を礙げ、馬に乗りて人を汚さば、速やかに我が誤錯の事を遜び、卑言して之を敬い之を礼すれば、則ち他何ぞ争論せん。怠れば則ち必ず礼を忘る。故に門を出づるより、敵を見るが如くす。孔子曰く、門を出でては大賓を見るが如し、と。是れ敬恭の切なるを表すなり。呉子曰く、備うる者は、門を出づるより、敵を見るが如し、と。是れ備えざる無きの謂いなり。)外に出でては即ち内を忘るべし。(已上は行法を言うなり。)往けば則ち前法の如し。(前章に出ず。)座しては則ち威儀を正し、用具を佩び、常に不虞の戒めを忘れず。(已上は座法を言うなり。)臥しては則ち尸せず、(論語に曰く、寝ぬるに尸せず、と。朱子曰く、尸とは偃臥して死人に似たるを謂う、と。)傍らに利器を離さず、夜戒を厳にす。(前章に出ず)皆人に先んじて其の労を為すべし。(已上は臥法を言うなり。)凡そ士為るの道は、行住及び座臥、暫くも心を放てば、則ち必ず変に臨みて常を失う。一生の恪勤、一事に於いて闕滅すべし。変の至るや、知るべからず。則ち豈に怠るべけんや。礼記に曰く、(冠義篇に出ず)凡そ人の人たる所以の者は、礼義なり。礼義の始めは、容体を正し、顔色を斉え、辞令を順にするに在り。容体正しく、顔色斉い、辞令順にして、後に礼義備わる、と。
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『山鹿語類』士道・正一日之用ここに一日の用を案ずるに、先づ夙に起きて盥漱し櫛り、衣服を正し、用具を佩び、其の容貌威儀を正して、静坐拱手し、能く平旦の気を養ひ、天地生々して已むこと無きの理を看るべし。而して君父の恩義を体認し、今日の家業を思量す。謹んで観に在り。身体髪膚、之を父母に受く、敢て毀傷せざるは孝の始なり。身を立て道を行ひ、名を後世に揚げ、以て父母を顕すは孝の終なり。君に事へては其の身を委ね、人の為に謀りては忠なり。此の間意味深長にして、尤も幾微の動きを察すべし。既に明に向かへば則ち門戸を開き、道を清め洒掃して、天気于に入り、地脈于に長ず。家事有れば則ち示諭して其の教を詳にす。其の間賓客の来る、使价の待つ、速やかに謁し速やかに答へて、之をして遅滞せしむること無し。君に事ふれば則ち夙に出でて之に仕へ、父母に事ふれば則ち其の安否を察す。出でて事ふれば則ち其の居る所其の言ふ所全く慎みて、謀其の位を出でず。長者に侍れば則ち礼敬を正し、奉ずること父兄の如くし、能く謙退して争はず。凡そ仕官の途、朝に出づれば則ち人に先んじ、夕に退けば則ち人に後る。宅に帰れば則ち父母に謁し、気を下し声を怡ばしめ席を安んじて、留守の事を問ひ、其の急緩を計りて其の事を為す。閑なれば則ち朝服を改め、静坐審思して今日の行跡を省み、暇あれば則ち書伝を披きて古人の言行を考へ、聖賢の趣向を知る。日既に没すれば則ち夜の戒を示し約束を堅くして寝所に入り、体を寛くし気を休め、侍者の労佚を時にす。是れ夙に興き夜に寐ねて、仕官省晨の用なり。
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『山鹿語類』士道・知己職分人の教にしたがひ、当坐の心にまかせんことは、譬ば暫く其事をなすといへども、実と難成。今云らん処に深く立志て自我職分を糾明し得んには、士たる職こゝに明なるべきなり。凡そ士の職と云は、其身を顧み、主人を得て奉公の忠を尽し、朋輩に交て信を厚くし、身の独りを慎て義を専とするにあり。而して己れが身に父子兄弟夫婦の不得已交接あり。是又天下の万民各なくんば不可有の人倫也といへども、農工商は其職業に暇あらざるを以て、常住相従て其道を不得尽。士は農工商の業をさし置き、此道を専として、三民の間苟くも人倫をみだらん輩をば速に罰して、以て天下に天倫の正しきを待つ。是士に文武之徳知不備ばあるべからず。されば形には劒戟弓馬の用をたらしめ、内には君臣朋友父子兄弟夫婦の道をつとめて、文道心にたり武備外に調て、三民自ら是を師とし是を貴んで、其教にしたがひ其本末をしるにたれり。こゝにをいて士の道たつて、衣食居をつくのい、以て心易かるべく、主君の恩、父母の恵、しばらく報ずるにたりぬべし。此つとめあらざらんには、父母のめぐみを盗、主君の禄を貪て、一生の間唯盗賊の命を全くするに同じ。甚以て嘆息するにたへたり。
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