武教講録 / 惣目錄・平素と変事を貫く三つの備え
練陣、行軍、營法、城築、四つの者は是を平素に設て是を臨變に施す者にて、動靜を包ね躰用を兼る也、用間以上は多は是平素の事也靜也躰也、客戰以下は多は是臨變の事也動也用也、此四篇正に其中間に置く其意知るべし、然靜中動あり、動中靜あり、躰中用あり、用中躰あり、平素臨變互に其功用を見る、故に已に其分別あるを知らば又其合一なるを悟るべし、客主以下十六戰、其先後の次序備さに妙思を藏す、今悉く述るに暇あらず、姑く其最重の者を云はど客主二篇にあり、而して主を後にして客を先ずる者、舊來其說を傳ふ極て道理あり、凡そ退守の法は進取の畧なくては萬々出來ぬとなり、當今の時に當り、砲臺を築き砲門を鑄て、海岸防禦異賊手當など罵る位の怯懦にては、迚も神州の保全は出來ぬなり、早く偸安の習を止め、四夷出征の策を定めずんばあるべからず、是客主先後の義にして、攻守の先後其他毎篇中往々其意を見る、是固より人主の任也、乃ち一士一卒と云ども、此書を讀み此旨を悟らば、人主に謁見して鄙見を獻納し、其萬一を裨補するとを思ふべし、戰法は是れ十六戰の精義乃全部の精義、序段と對照して躰用動靜並に其深意を悟らば、人主の道是に於て大に備れりと云べし、兵具の一篇器械醫療の雜事全部の漏闕を補ふて附錄とす、亦一騎前學の流裔なり、全書中凡て是等の枝葉の事に及ぶ者は、皆專門の材を養て其用に供するの端を發するなり、自序に論ずる所を考よ、抑序段の謀畧は知己也、智畧は知彼也、計策は應變也、是を全部にて論ぜば、城築以上は謀畧なり、客戰以下は計策なり、其間斥候用間等は專ら智畧を說なり、是其大概にて、其實は篇々此三つの者あり、心を付べし、丙辰臘月念二日具稿
新字:練陣、行軍、営法、城築、四つの者は是を平素に設て是を臨変に施す者にて、動静を包ね体用を兼る也、用間以上は多は是平素の事也静也体也、客戦以下は多は是臨変の事也動也用也、此四篇正に其中間に置く其意知るべし、然静中動あり、動中静あり、体中用あり、用中体あり、平素臨変互に其功用を見る、故に已に其分別あるを知らば又其合一なるを悟るべし、客主以下十六戦、其先後の次序備さに妙思を蔵す、今悉く述るに暇あらず、姑く其最重の者を云はど客主二篇にあり、而して主を後にして客を先ずる者、旧来其説を伝ふ極て道理あり、凡そ退守の法は進取の略なくては万々出来ぬとなり、当今の時に当り、砲台を築き砲門を鋳て、海岸防禦異賊手当など罵る位の怯懦にては、迚も神州の保全は出来ぬなり、早く偸安の習を止め、四夷出征の策を定めずんばあるべからず、是客主先後の義にして、攻守の先後其他毎篇中往々其意を見る、是固より人主の任也、乃ち一士一卒と云ども、此書を読み此旨を悟らば、人主に謁見して鄙見を献納し、其万一を裨補するとを思ふべし、戦法は是れ十六戦の精義乃全部の精義、序段と対照して体用動静並に其深意を悟らば、人主の道是に於て大に備れりと云べし、兵具の一篇器械医療の雑事全部の漏闕を補ふて附録とす、亦一騎前学の流裔なり、全書中凡て是等の枝葉の事に及ぶ者は、皆専門の材を養て其用に供するの端を発するなり、自序に論ずる所を考よ、抑序段の謀略は知己也、智略は知彼也、計策は応変也、是を全部にて論ぜば、城築以上は謀略なり、客戦以下は計策なり、其間斥候用間等は専ら智略を説なり、是其大概にて、其実は篇々此三つの者あり、心を付べし、丙辰臘月念二日具稿
書き下し
練陣、行軍、營法、城築、四つの者は是を平素に設て是を臨變に施す者にて、動靜を包ね躰用を兼る也、用間以上は多は是平素の事也靜也躰也、客戰以下は多は是臨變の事也動也用也、此四篇正に其中間に置く其意知るべし、然靜中動あり、動中靜あり、躰中用あり、用中躰あり、平素臨變互に其功用を見る、故に已に其分別あるを知らば又其合一なるを悟るべし、客主以下十六戰、其先後の次序備さに妙思を藏す、今悉く述るに暇あらず、姑く其最重の者を云はど客主二篇にあり、而して主を後にして客を先ずる者、舊來其說を傳ふ極て道理あり、凡そ退守の法は進取の畧なくては萬々出來ぬとなり、當今の時に當り、砲臺を築き砲門を鑄て、海岸防禦異賊手當など罵る位の怯懦にては、迚も神州の保全は出來ぬなり、早く偸安の習を止め、四夷出征の策を定めずんばあるべからず、是客主先後の義にして、攻守の先後其他毎篇中往々其意を見る、是固より人主の任也、乃ち一士一卒と云ども、此書を讀み此旨を悟らば、人主に謁見して鄙見を獻納し、其萬一を裨補するとを思ふべし、戰法は是れ十六戰の精義乃全部の精義、序段と對照して躰用動靜並に其深意を悟らば、人主の道是に於て大に備れりと云べし、兵具の一篇器械醫療の雜事全部の漏闕を補ふて附錄とす、亦一騎前學の流裔なり、全書中凡て是等の枝葉の事に及ぶ者は、皆專門の材を養て其用に供するの端を發するなり、自序に論ずる所を考よ、抑序段の謀畧は知己也、智畧は知彼也、計策は應變也、是を全部にて論ぜば、城築以上は謀畧なり、客戰以下は計策なり、其間斥候用間等は專ら智畧を說なり、是其大概にて、其實は篇々此三つの者あり、心を付べし、丙辰臘月念二日具稿
現代語訳
練陣・行軍・営法・城築の四つは、平素に設けておいて変事に臨んで施すものであり、動と静を兼ね、体と用を兼ねています。用間以上は多くは平素の事で、静であり体です。客戦以下は多くは変事に臨む事で、動であり用です。この四篇がまさにその中間に置かれているのは、その意を知るべきです。そして静の中に動があり、動の中に静があり、体の中に用があり、用の中に体があって、平素と臨変は互いにその功用を見せます。ゆえに、すでにその分別があることを知れば、また、その合一であることを悟るべきです。客主以下の十六戦は、その先後の次序に、細かく妙なる思いが秘められています。今ことごとく述べる暇がありません。ひとまずその最も重いものを言えば、客主の二篇にあります。そして主を後にして客を先にするのは、古来その説が伝わっていて、きわめて道理があります。およそ退いて守る法は、進んで取る策略がなくてはとてもできない、ということです。現今の時勢に当たり、砲台を築き砲門を鋳て、海岸防禦・異賊の手当てなどと騒ぐ程度の臆病さでは、とても神州の保全はできません。早く安きを偸む習慣をやめ、四夷出征の策を定めなければなりません。これが客主先後の義であり、攻守の先後その他、毎篇の中に往々その意が見えます。これはもとより人主の任です。つまり一士一卒といえども、この書を読んでこの旨を悟れば、人主に拝謁して粗末な意見を献じ、そのわずかでも補い助けることを考えるべきです。戦法は十六戦の精義であり、すなわち全部の精義です。序段と対照して体・用・動・静ともにその深い意を悟れば、人主の道はここに大いに備わると言うべきです。兵具の一篇は、器械・医療の雑事で、全部の漏れ欠けたところを補って附録としたものです。これもまた一騎前の学の流れです。全書中で、およそこのような枝葉の事に及ぶものは、みな専門の人材を養ってその用に供する端緒を開くものです。自序に論じるところを考えなさい。そもそも序段の謀略は己を知ることです。智略は彼を知ることです。計策は変に応ずることです。これを全部で論ずれば、城築以上は謀略です。客戦以下は計策です。その間の斥候・用間などは、もっぱら智略を説くものです。これがその大概で、実際は篇ごとにこの三つがあります。心を付けなさい。丙辰臘月二十二日、稿を具す。
解説
この章句が説くこと
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