武訓 / 下・第7段
是等の人の行ひしこと、皆、不仁、不智、無禮、無義といふべし。安藝にありし小早川隆景は、毛利輝元八ヶ國の主として大なりしかども、輝元をすゝめて、はやく、秀吉に屬せしめ、人質を出し、信長薨し給ひし後も、和義を變ぜずして、秀吉に屬し、つひに其の父元就の領せし八州の地を失はず。智ありといふべし。又、信長、秀吉の功臣に國を給はりしは、其の國にいまだ服せざる者多しといへども、たひらげよとて、國をさづけ給ひしに、其の國さふらひ、一國に五人十人もありて、小身ながら、皆、小城をもちて、その國主にしたがはず、國主にそむくのみならず、天下の主にそむくは、是、小を以て、大につかふる禮義をしらず、其の上、國主と、天下の主にそむきては、小身の城主、身をたつべきやうなき時勢をしらず。不智といふべし。禮義にそむき、時勢をしらずして、つひに家と身とを失ふ。愚の至なり。時勢をしりて、早く降參したる者は、皆、災なくして、家をたもてり。或は、君に對し、謀反をおこし、亂臣にくみし、亂逆を助けて、其の君を亡ぼしても、幸にわが身を立てし者あれども、是、不義の至にくむべし。家をおこせしも、榮とすべからず。恥とすべし。況や、かくのごとき者は、家をやぶり、身を亡ぼせるともがら多し。
新字:是等の人の行ひしこと、皆、不仁、不智、無礼、無義といふべし。安芸にありし小早川隆景は、毛利輝元八ヶ国の主として大なりしかども、輝元をすゝめて、はやく、秀吉に属せしめ、人質を出し、信長薨し給ひし後も、和義を変ぜずして、秀吉に属し、つひに其の父元就の領せし八州の地を失はず。智ありといふべし。又、信長、秀吉の功臣に国を給はりしは、其の国にいまだ服せざる者多しといへども、たひらげよとて、国をさづけ給ひしに、其の国さふらひ、一国に五人十人もありて、小身ながら、皆、小城をもちて、その国主にしたがはず、国主にそむくのみならず、天下の主にそむくは、是、小を以て、大につかふる礼義をしらず、其の上、国主と、天下の主にそむきては、小身の城主、身をたつべきやうなき時勢をしらず。不智といふべし。礼義にそむき、時勢をしらずして、つひに家と身とを失ふ。愚の至なり。時勢をしりて、早く降参したる者は、皆、災なくして、家をたもてり。或は、君に対し、謀反をおこし、乱臣にくみし、乱逆を助けて、其の君を亡ぼしても、幸にわが身を立てし者あれども、是、不義の至にくむべし。家をおこせしも、栄とすべからず。恥とすべし。況や、かくのごとき者は、家をやぶり、身を亡ぼせるともがら多し。
書き下し
是等の人の行ひしこと、皆、不仁、不智、無禮、無義といふべし。安藝にありし小早川隆景は、毛利輝元八ヶ國の主として大なりしかども、輝元をすゝめて、はやく、秀吉に屬せしめ、人質を出し、信長薨し給ひし後も、和義を變ぜずして、秀吉に屬し、つひに其の父元就の領せし八州の地を失はず。智ありといふべし。又、信長、秀吉の功臣に國を給はりしは、其の國にいまだ服せざる者多しといへども、たひらげよとて、國をさづけ給ひしに、其の國さふらひ、一國に五人十人もありて、小身ながら、皆、小城をもちて、その國主にしたがはず、國主にそむくのみならず、天下の主にそむくは、是、小を以て、大につかふる禮義をしらず、其の上、國主と、天下の主にそむきては、小身の城主、身をたつべきやうなき時勢をしらず。不智といふべし。禮義にそむき、時勢をしらずして、つひに家と身とを失ふ。愚の至なり。時勢をしりて、早く降參したる者は、皆、災なくして、家をたもてり。或は、君に對し、謀反をおこし、亂臣にくみし、亂逆を助けて、其の君を亡ぼしても、幸にわが身を立てし者あれども、是、不義の至にくむべし。家をおこせしも、榮とすべからず。恥とすべし。況や、かくのごとき者は、家をやぶり、身を亡ぼせるともがら多し。
現代語訳
こうした人たちの行いは、みな、不仁・不智・無礼・無義といえます。安芸にいた小早川隆景は、毛利輝元が八か国の主として大きな勢力であったにもかかわらず、輝元に勧めて、早く秀吉に属させ、人質を出し、信長が亡くなった後も、和議を変えずに秀吉に属し、ついにその父元就が領した八州の地を失いませんでした。智があるというべきです。また、信長・秀吉が功臣に国をお与えになったとき、その国にまだ服さない者が多くいても、平らげよとして国をお授けになったのに、その国の侍が、一国に五人十人といて、小身ながら、みな小城を持ち、その国主に従わず、国主に背くだけでなく、天下の主にも背くのは、小をもって大に仕える礼義を知らず、そのうえ、国主と天下の主に背いては、小身の城主が身を立てる道がない時勢を知らないのです。不智というべきです。礼義に背き、時勢を知らず、ついに家と身を失う。愚のきわみです。時勢を知って、早く降参した者は、みな災いなく、家を保っています。あるいは、主君に謀反を起こし、乱臣に与し、乱逆を助けて、その主君を亡ぼしても、幸いに我が身を立てた者はいますが、これは不義のきわみで憎むべきです。家を興したとしても、栄えとすべきではありません。恥とすべきです。まして、このような者は、家を破り、身を亡ぼした仲間が多いのです。
解説
この章句が説くこと
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『文武訓』武訓下近世にていはば、江州の浅井、越前の朝倉が、信長にしたがはず、小田原の北条氏が、秀吉にしたがはざる、これ、小を以て大につかふる道を知らざるなり。皆義のある所にあらず。つひに其家を亡ぼし身を亡ぼして、義にそむき、おほくの身方と敵とを殺せしこと、仁にそむく。是等の人の行ひしこと、皆不仁不智無礼無義といふべし。安芸にありし小早川隆景は、毛利輝元八ヶ国の主として大なりしかども、輝元をすすめて、はやく秀吉に属せしめ、人質を出し、信長薨じ給ひし後も、和義を変せずして秀吉に属し、つひに其父元就の領せし八州の地を失はず、智ありといふべし。又、信長、秀吉の功臣に国を給はりしは、其国にいまだ服せざる者多しといへども、たひらげよとて国をさづけ給ひしに、其国さぶらひ、一国に五人十人もありて、小身ながら、皆小城をもちて、その国主にしたがはず。
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『武訓』下・第6段小を以て大につかふること、是、理の當然にして、天にしたがふ道なり。時の勢をしりて、大にしたがふは、智者のする所なり。小を以て大にしたがはざるは、禮義にそむき、時勢をしらず、はては、國家と身とを失ひ、敵身方おほくの命をころす。是、天にそむけるなり。無學にしておろかなる人、武道をしらずして、小を以て大にしたがひ、弱にして强にしたがふを恥辱とおもひ、血氣の勇にほこり、大敵をあなどりて、敵の勢のさかんにして、我が力の敵しがたきとをしらず。是、孫子が所謂、我をしらず、彼をしらざるなり。小を以て大にしたがはずして、兵をおこし、下として上をおかして、亂をおこし、義理にそむくは、是、血氣の勇にして、武にあらず。武を驕すといふ。からもやまとも、かくのごとくにして、國家をうしなひ身をほろぼして、天下後世のあざけりとなれる人多し。愚なりと云ふべし。近世にていはゞ江州の淺井、越前の朝倉が、信長にしたがはず、小田原の北條氏が、秀吉にしたかはざる、これ、小を以て、大につかふる道をしらざるなり。皆、義のある所にあらず。つひに其の家を亡ぼし、身を亡ぼして、義にそむき、おほくの身方と敵とを殺せしこと、仁にそむく。
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『文武訓』武訓下一小を以て大につかふること、是理の当然にして、天にしたがふ道なり。時の勢を知りて大にしたがふは、智者のする所なり。小を以て大にしたがはざるは、礼義にそむき時勢を知らず、はては国家と身とを失ひ、敵身方おほくの命をころす。是天にそむけるなり。無学にしておろかなる人、武道を知らずして、小を以て大にしたがひ、弱にして強にしたがふを恥辱とおもひ、血気の勇にほこり、大敵をあなどりて、敵の勢のさかんにして、我が力の敵しがたき事を知らず。是孫子が所謂、我を知らず彼を知らざるなり。小を以て大にしたがはずして兵をおこし、下として上をおかして乱をおこし、義理にそむくは、是血気の勇にして武にあらず。武を黷すといふ。からもやまとかくのごとくにして国家をうしなひ、身をほろぼして、天下後世のあざけりとなれる人多し、愚なりと云ふべし。
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