武家小学 / 師を敬い書を尊ぶ
一偖人には氣稟の異あり。故に其氣の輕重淸濁の品々を考て。夫ゝに習すべし。詞も通じ物事合點の行程に至らば。師を選び朋友を考て。人品の下に至らざるどくに育べし。師弟の相接りは尤敬恭すべし。稽古惰弱にて學ぶ所實なければ敎を受て益なき也。經書武冊等は汚たる座席には假にも置べからず。是書冊を貴ぶ計にはあらず道を尊ぶが故也。手洗ひ口漱て書を披見べし。師を貴ぶ事父兄のどくすべし。師は我を導て道と義とに至らしめ。五倫を朋かに知らしむる。其恩情は至て厚し。故に忽にすべからず。况士として兵書又は武の事を輕ずるは志士にあらず。
新字:一偖人には気稟の異あり。故に其気の軽重清濁の品々を考て。夫ゝに習すべし。詞も通じ物事合点の行程に至らば。師を選び朋友を考て。人品の下に至らざるどくに育べし。師弟の相接りは尤敬恭すべし。稽古惰弱にて学ぶ所実なければ教を受て益なき也。経書武冊等は汚たる座席には仮にも置べからず。是書冊を貴ぶ計にはあらず道を尊ぶが故也。手洗ひ口漱て書を披見べし。師を貴ぶ事父兄のどくすべし。師は我を導て道と義とに至らしめ。五倫を朋かに知らしむる。其恩情は至て厚し。故に忽にすべからず。況士として兵書又は武の事を軽ずるは志士にあらず。
書き下し
一偖人には氣稟の異あり。故に其氣の輕重淸濁の品々を考て。夫ゝに習すべし。詞も通じ物事合點の行程に至らば。師を選び朋友を考て。人品の下に至らざるどくに育べし。師弟の相接りは尤敬恭すべし。稽古惰弱にて學ぶ所實なければ敎を受て益なき也。經書武冊等は汚たる座席には假にも置べからず。是書冊を貴ぶ計にはあらず道を尊ぶが故也。手洗ひ口漱て書を披見べし。師を貴ぶ事父兄のどくすべし。師は我を導て道と義とに至らしめ。五倫を朋かに知らしむる。其恩情は至て厚し。故に忽にすべからず。况士として兵書又は武の事を輕ずるは志士にあらず。
現代語訳
一、さて人には気質の違いがあります。ですから、その気の軽重や清濁の品々を考えて、それぞれに習わせなさい。言葉も通じ、物事の合点がいく程度になったら、師を選び、友を考えて、人品が下に落ちないように育てなさい。師弟の関わりは特に敬い恭しむべきです。稽古が怠惰で学ぶところが実でなければ、教えを受けても益がありません。経書や武の書物などは、汚れた座席にはかりそめにも置いてはなりません。これは書物を貴ぶためだけではなく、道を尊ぶためです。手を洗い口をすすいで書を開きなさい。師を貴ぶことは父や兄のようにしなさい。師は私を導いて道と義に至らせ、五倫を明らかに知らせてくれるのですから、その恩情はたいへん厚いのです。ですから軽んじてはなりません。まして武士として兵書や武の事を軽んじるのは、志士ではありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷下夜話の次、一僧曰く、諸方より長老、平僧、道心者幾人と云ふこともなく来れども聞届けず、皆頓て帰るは如何なる義なりや。一僧曰く、我法に合はぬと思ひ、又は一つこと替ることなしと思て帰るなるべし。師聞て曰く、どれも云ふこともなし、皆我立に正三か処に来る也。然れとも正三か処ては、我か立てられぬに仍て皆帰る也。
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論語・八佾篇子、太廟に入り、事毎に問う。或曰く、『誰か鄒人の子を礼を知ると謂うや、太廟に入りて事毎に問う。』子これを聞きて曰く、『是れ礼なり。』
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『弘道館記述義』・聖子神孫・人に学んで善を為す 応神帝の姿勢而して聖子神孫、尚ほ自ら足れりとするを肯ぜず、人に取りて以て善を為すを楽しむ。臣彪謹んで案ずるに、神代は尚し。神武帝以還十有四世、九百有餘年、其の間未だ書契有らず。其れ有るは則ち実に応神帝に始まると云ふ。帝の時に当たり、三韓藩と称し朝貢す。阿直岐の百済より来たるや、菟道皇子之に師として経典を習ふ。帝特に使を遣はして賢人を百済に徴す。是に於て王仁及び辰孫王、使に随ひて入朝す。帝之を嘉して以て皇子の師と為す。辰孫王(続紀に拠る)。是より先、百済は縫衣女を貢ず。王仁等の来たるや、又た冶工卓素・呉服西素・醸酒仁香等を貢ず。方に是の時、天下乂安にして、四海粛静、一物として其の所を得ざる者有ること無し。常情より観れば、則ち尚ほ何ぞ外に求むることを為さん。独り聖主の心は則ち然らず。衣食既に饒かに、兵甲既に足る。而して更に織縫醸冶の工を海外に召す。厚生利用の政、是に於て益〻広し。風俗既に美にして、綱紀既に張る。而して更に文献を異域に求む。正徳の教へ是に於て大いに備はる。苟くも光明正大にして宇内を視ること一家の如き者に非ずんば、則ち其れ孰か能く此に与らん。厥の後、列聖相承け、儒教を崇尚して以て斯の道を培養する者、蓋し皆帝の美意に本づくなり。昔者孟軻、虞舜の徳を述べて曰く、人に取りて以て善を為すを楽しむ。耕稼陶漁より以て帝と為るに至るまで、人に取るに非ざる者無し、と。嗚呼、神州と西土とは絶海殊域、帝と虞舜とは世を隔て代を異にす。而れども其の人に取りて善を為すの美は、符節を合はするが若し。抑も亦た所謂先聖後聖其の揆一なりとは、其れ斯の謂ならんか。帝の廟祀は往往海内に遍し。而るに世は徒に其の武徳を称賛して、其の大いに文教に功有るを知らず。是を以て弓馬の士は皆崇敬を致すも、縉紳の家は或いは欽仰を闕く。豈に可ならんや。
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『智囊』武案・管仲・隰朋斉の桓公、山戎を伐つ。孤竹国を道る。前に水に阻まれ、浅深測るべからず。夜黒くして道を迷い失う。管仲曰く、「老馬は善く途を識る」と。老馬を前に放ちて之に随う。遂に道を得たり。山中を行きて水無し。隰朋曰く、「蟻は冬は山の陽に居り、夏は山の陰に居る。蟻壌一寸にして仞に水有り」と。乃ち地を掘り、遂に水を得たり。管仲の聖と隰朋の智を以て、老馬と蟻とに師とするを難しとせず。今人は其の愚心を以て聖人の智に師とするを知らず、亦た過ちならずや。〔評〕古の聖、天を開き製作するに、皆な師を万物に取る。独り一時の急を済うのみならんや。

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