智囊 / 武案・管仲・隰朋
齊桓公伐山戎,道孤竹國,前阻水,淺深不可測。夜黑迷失道,管仲曰:「老馬善識途。」放老馬於前而隨之,遂得道。行山中無水,隰朋曰:「蟻冬居山之陽,夏居山之陰,蟻壤一寸而仞有水。」乃掘地,遂得水。以管仲之聖,而隰朋之智,不難於師老馬與蟻,今人不知以其愚心而師聖人之智,不亦過乎!〔評〕古聖開天製作,皆取師於萬物,獨濟一時之急哉!
新字:斉桓公伐山戎,道孤竹国,前阻水,浅深不可測。夜黒迷失道,管仲曰:「老馬善識途。」放老馬於前而随之,遂得道。行山中無水,隰朋曰:「蟻冬居山之陽,夏居山之陰,蟻壤一寸而仞有水。」乃掘地,遂得水。以管仲之聖,而隰朋之智,不難於師老馬与蟻,今人不知以其愚心而師聖人之智,不亦過乎!〔評〕古聖開天製作,皆取師於万物,独済一時之急哉!
書き下し
斉の桓公、山戎を伐つ。孤竹国を道る。前に水に阻まれ、浅深測るべからず。夜黒くして道を迷い失う。管仲曰く、「老馬は善く途を識る」と。老馬を前に放ちて之に随う。遂に道を得たり。山中を行きて水無し。隰朋曰く、「蟻は冬は山の陽に居り、夏は山の陰に居る。蟻壌一寸にして仞に水有り」と。乃ち地を掘り、遂に水を得たり。管仲の聖と隰朋の智を以て、老馬と蟻とに師とするを難しとせず。今人は其の愚心を以て聖人の智に師とするを知らず、亦た過ちならずや。〔評〕古の聖、天を開き製作するに、皆な師を万物に取る。独り一時の急を済うのみならんや。
現代語訳
斉の桓公は山戎を討伐した。孤竹国を通ったとき、前に水が行く手をはばみ、その深さも測れなかった。夜が暗く、道を見失った。管仲は言った。「老いた馬は道をよく覚えている」。老馬を前に放ち、それについて行った。こうして道を得た。山の中を行って、水がなかった。隰朋は言った。「蟻は冬には山の南側に住み、夏には山の北側に住む。蟻塚が一寸の高さであれば、その下八尺ほどに水がある」。そこで地面を掘り、水を得た。管仲のような聖と、隰朋のような知者でも、老馬や蟻を師とすることをためらわなかった。今の人は愚かな心のままで聖人の智に学ぶことを知らない。それは過ちではないか。〔評〕昔の聖人は、天地を開き物を作るとき、みな万物を師とした。ただ一時の急場を救うだけにとどまらなかった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』靈變・管仲斉の桓公、鮑叔の薦めに因り、人をして管仲を魯に請わしむ。施伯曰く、「是れ固より将に之を用いんとす。夷吾、斉に用いらるれば、則ち魯危うし。殺して屍を以て之に授くるに如かず」と。魯君、仲を殺さんと欲し、人をして曰わしむ、「寡君、親ら以て戮と為さんと欲す。如し屍を得るとも、猶お未だ得ざるが如し」と。乃ち束縛して之を檻し、役人をして載せて之を斉に送らしむ。管子、魯の追いて之を殺さんことを恐れ、速く斉に至らんと欲し、因りて役人に謂いて曰く、「我、汝の為に唱わん。汝、我の為に和せよ」と。其の唱う所、適々走るに宜しく、役人倦まずして、道を取ること甚だ速し。呂不韋曰く、「役人は其の欲する所を得、管子も亦た其の欲する所を得たり」と。陳明卿曰く、「桓公をして亦た其の欲する所を得しめたり」と。
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史記 斉太公世家四十一年、秦の穆公、晋の恵公を虜にし、復た之を帰す。是の歳、管仲・隰朋皆卒す。管仲病む。桓公問ひて曰く、「群臣誰か相たる可き者ぞ」と。管仲曰く、「臣を知るは君に如くは莫し」と。公曰く、「易牙は如何」と。対へて曰く、「子を殺して以て君に適ふ、人情に非ず、不可なり」と。公曰く、「開方は如何」と。対へて曰く、「親に倍きて以て君に適ふ、人情に非ず、近づけ難し」と。公曰く、「豎刀は如何」と。対へて曰く、「自ら宮して以て君に適ふ、人情に非ず、親しみ難し」と。管仲死す。而して桓公は管仲の言を用ひず、卒に近づけて三子を用ふ。三子権を専らにす。四十二年、戎、周を伐つ。周、急を斉に告ぐ。斉、諸侯をして各々卒を発して周を戍らしむ。是の歳、晋の公子重耳来る。桓公之に妻はす。四十三年。初め、斉の桓公の夫人三あり。王姫・徐姫・蔡姫と曰ひ、皆子無し。桓公内を好み、内寵多く、夫人の如き者六人。長衛姫は無詭を生み、少衛姫は恵公元を生み、鄭姫は孝公昭を生み、葛嬴は昭公潘を生み、密姫は懿公商人を生み、宋華子は公子雍を生む。桓公、管仲と孝公を宋の襄公に属し、以て太子と為す。雍巫、衛の共姫に寵有り、宦者豎刀に因りて以て厚く桓公に献じ、亦寵有り。桓公之に無詭を立つるを許す。管仲卒し、五公子皆立たんことを求む。冬十月乙亥、斉の桓公卒す。易牙入り、豎刀と内寵に因りて群吏を殺し、而して公子無詭を立てて君と為す。太子昭、宋に奔る。
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呂氏春秋・贊能②管子は束縛せられて魯に在り。桓公、鮑叔を相にせんと欲す。鮑叔曰く、「吾が君、霸王たらんと欲すれば、則ち管夷吾、彼に在り。臣は若かざるなり。」桓公曰く、「夷吾は寡人の賊なり。我を射し者なり。不可なり。」鮑叔曰く、「夷吾は其の君の為に人を射し者なり。君若し得て之を臣とせば、則ち彼も亦た將に君の為に人を射んとせん。」桓公聽かず、強いて鮑叔を相とせんとす。固く辭して相を讓る,桓公果して之を聽く。是に於てか人をして魯に告げしめて曰く、「管夷吾は寡人の讎なり。願わくば之を得て親ら手を加えん。」魯君許諾し、乃ち吏をして其の拳を鞹し、其の目を膠し、之を盛るに鴟夷を以てし、之を車中に置かしむ。齊の境に至るや、桓公、人をして朝車を以て之を迎え、祓うに爟火を以てし、釁するに犧猳を以てし、生かして之と國に如かしむ。有司に命じて廟を除わしめ、筵几して之に薦めて曰く、「孤の夷吾の言を聞きし自り、目は益々明らかに、耳は益々聰なり。孤敢て專らにせず。敢て以て先君に告ぐ。」因りて顧みて管子に命じて曰く、「夷吾、予を佐けよ。」管仲還り走り、再拜稽首して、令を受けて出づ。管子、齊國を治め、事を舉げて功有れば、桓公必ず先づ鮑叔を賞して曰く、「齊國をして管子を得しめし者は、鮑叔なり。」桓公は賞を行うことを知れりと謂う可し。凡そ賞を行うには其の本を欲す。本なれば則ち過ち由りて生ずること無ければなり。
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孔子家語・致思子路孔子に問いて曰わく、「管仲の人と為り何如。」 子曰わく、「仁なり。」 子路曰わく、「昔管仲襄公に説くも、公受けず、是れ辯ならざるなり。公子糾を立てんと欲するも能わず、是れ智ならざるなり。家斉に残わるるも、憂色無し、是れ慈ならざるなり。桎梏せられて檻車に居るも、慚づる心無し、是れ醜無きなり。射る所の君に事う、是れ貞ならざるなり。召忽之に死し、管仲死せず、是れ忠ならざるなり。仁人の道、固より是くの若きか。」 孔子曰わく、「管仲襄公に説くも、襄公受けざるは、公の闇きなり。子糾を立てんと欲するも能わざるは、時に遇わざるなり。家斉に残わるるも憂色無きは、是れ権命を知ればなり。桎梏せられて慚づる心無きは、自ら裁くこと審らかなればなり。射る所の君に事うるは、変に通ずればなり。子糾に死せざるは、軽重を量ればなり。夫れ子糾未だ君と成らず、管仲未だ臣と成らず。管仲は義を才度し、管仲束縛に死せずして功名を立つるは、未だ非とす可からざるなり。召忽死すと雖も、過ちて仁を取る、未だ多しとするに足らざるなり。」
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論語・憲問篇子貢曰く、「管仲は仁者に非ざるか。桓公、公子糾を殺すに、死する能わず、又之を相く。」子曰く、「管仲、桓公を相けて、諸侯に霸たり、天下を一匡す。民今に到るまで其の賜を受く。管仲微かりせば、吾其れ髪を被り衽を左にせん。豈に匹夫匹婦の諒を為すが若く、自ら溝瀆に経れて、之を知らるること莫からんや。」
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呂氏春秋・知接②管仲疾有り。桓公往きて之に問いて曰く、「仲父の疾病なり。將に何を以てか寡人に教えんとす。」管仲曰く、「齊の鄙人に諺有り、曰く、『居る者は載すること無く、行く者は埋むること無し。』今臣將に遠く行くこと有らんとす。胡ぞ以て問う可けん。」桓公曰く、「願わくは仲父の讓る無きことを。」管仲對えて曰く、「願わくは君の易牙・豎刀・常之巫・衛の公子啓方を遠ざけんことを。」公曰く、「易牙は其の子を烹て以て寡人を慊らしむ。猶尚ほ疑う可きか。」管仲對えて曰く、「人の情、其の子を愛せざるに非ざるなり。其の子に之れ忍ぶ。又將た何か君に於て有らん。」公又曰く、「豎刀は自ら宮して以て寡人に近づく。猶尚ほ疑う可きか。」管仲對えて曰く、「人の情、其の身を愛せざるに非ざるなり。其の身に之れ忍ぶ。又將た何か君に於て有らん。」公又曰く、「常之巫は死生を審らかにし、能く苛病を去る。猶尚ほ疑う可きか。」管仲對えて曰く、「死生は命なり。苛病は失なり。君、其の命に任じて、其の本を守らず、而して常之巫に恃む。彼將た此を以て為さざる無からん。」公又曰く、「衛の公子啓方は寡人に事うること十五年、其の父死するも敢て歸りて哭せず。猶尚ほ疑う可きか。」管仲對えて曰く、「人の情、其の父を愛せざるに非ざるなり。其の父に之れ忍ぶ。又將た何か君に於て有らん。」公曰く、「諾。」管仲死し、盡く之を逐う。食甘からず、宮治まらず、苛病起こり、朝肅ならず。居ること三年、公曰く、「仲父亦た過たずや。孰か仲父之を盡くせりと謂うや。」是に於て皆復召して反す。明年、公病有り。常之巫中從り出でて曰く、「公將に某日を以て薨ぜんとす。」易牙・豎刀・常之巫相與に亂を作し、宮門を塞ぎ、高牆を築き、人を通さず。矯るに公の令を以てす。一婦人有り、垣を踰えて入り、公の所に至る。公曰く、「我食を欲す。」婦人曰く、「吾得る所無し。」公又曰く、「我飲を欲す。」婦人曰く、「吾得る所無し。」公曰く、「何の故ぞ。」對えて曰く、「常之巫中從り出でて曰く、『公將に某日を以て薨ぜんとす。』易牙・豎刀・常之巫相與に亂を作し、宮門を塞ぎ、高牆を築き、人を通さず。故に得る所無し。衛の公子啓方、書社四十を以て衛に下る。」公慨焉として歎じ、涕出でて曰く、「嗟乎。聖人の見る所、豈に遠からずや。若し死者知る有らば、我將た何の面目ありて以て仲父に見えん。」衣袂を蒙りて壽宮に絶えたり。蟲流れて戶より出づ。上蓋うに楊門の扇を以てす。三月葬らず。此れ卒に管仲の言を聽かざればなり。桓公、難を輕んじて管子を惡むに非ざるなり。由りて接すること無ければなり。由りて接する無く、固より其の忠言を卻けて、其の尊貴する所を愛するなり。
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