武家小学 / 矢部保惠の序
經緯世道一。【日/曰】文與武。而文武兼備謂之大德。大德之濟世也。猶經緯之成織。其功亦至矣。故二者不可去一以爲治也。昔者山鹿素行子者。當無虞之時。而推演韜鈐之妙用。其攻守防擊之法盡矣。其誨之也。以文爲先。非敢勇偏武之倫也。可謂本邦之韜畧矣。而其著書極多矣。其中有武敎小學者。以爲武門初入之庭訓。今玆其門高足吾友高林力行。述其先師所著武敎小學之旨趣。以成一小冊。因名曰武家小學。余展冊覽之。以國字通其義。使便童蒙之求。其設敎也。自膝下定省至交接出入。初學可用心者。訓誘諄悉。宛如家人父兄之敎喩小兒子。其意謂。不爾則恐無搆大廈之基。是成業之所期。有備哉。其辭氣溫厚。自釀成愛養士卒之漸。是蓄惠之術。亦有素哉。且力行爲人也謙虛克讓。履可復進。故默契軍識。妙旨自蘊。故敎育兒童初學。如斯篤矣。可謂先師之忠臣。子弟之慈父也。敢死之士可亦致。况其握機發。豈可窺乎。文政己卯夏 騰谷 矢部保惠叙
新字:経緯世道一。【日/曰】文与武。而文武兼備謂之大徳。大徳之済世也。猶経緯之成織。其功亦至矣。故二者不可去一以為治也。昔者山鹿素行子者。当無虞之時。而推演韜鈐之妙用。其攻守防撃之法尽矣。其誨之也。以文為先。非敢勇偏武之倫也。可謂本邦之韜略矣。而其著書極多矣。其中有武教小学者。以為武門初入之庭訓。今玆其門高足吾友高林力行。述其先師所著武教小学之旨趣。以成一小冊。因名曰武家小学。余展冊覧之。以国字通其義。使便童蒙之求。其設教也。自膝下定省至交接出入。初学可用心者。訓誘諄悉。宛如家人父兄之教喩小児子。其意謂。不爾則恐無搆大廈之基。是成業之所期。有備哉。其辞気温厚。自醸成愛養士卒之漸。是蓄恵之術。亦有素哉。且力行為人也謙虚克譲。履可復進。故黙契軍識。妙旨自蘊。故教育児童初学。如斯篤矣。可謂先師之忠臣。子弟之慈父也。敢死之士可亦致。況其握機発。豈可窺乎。文政己卯夏 騰谷 矢部保恵叙
書き下し
世道を経緯するは、一に曰く、文と武となり。而して文武兼備、之を大徳と謂ふ。大徳の世を済ふや、猶ほ経緯の織を成すがごとし。其の功亦至れり。故に二者は一を去りて以て治を為すべからず。昔者、山鹿素行子は、無虞の時に当たりて、韜鈐の妙用を推演す。其の攻守防撃の法尽くせり。其の之を誨ふるや、文を以て先と為し、敢へて勇に偏するの倫に非ざるなり。本邦の韜略と謂ふべし。而して其の著書は極めて多し。其の中に武教小学なる者有り、以て武門初入の庭訓と為す。今茲に其の門の高足、吾が友高林力行、其の先師の著す所の武教小学の旨趣を述べ、以て一小冊を成す。因りて名づけて武家小学と曰ふ。余、冊を展べて之を覧るに、国字を以て其の義を通じ、童蒙の求めに便ならしむ。其の教を設くるや、膝下の定省より交接出入に至るまで、初学の用心すべき者、訓誘諄悉たり。宛も家人父兄の小児子を教喩するが如し。其の意に謂へらく、爾らざれば則ち大廈を構ふるの基無きを恐る、と。是れ成業の期する所、備はれるかな。其の辞気温厚にして、自ら士卒を愛養するの漸を醸成す。是れ蓄恵の術、亦素有るかな。且つ力行の人と為りや謙虚克譲、履みて復た進むべし。故に軍識に黙契し、妙旨自ら蘊す。故に児童初学を教育すること、斯くの如く篤し。先師の忠臣、子弟の慈父と謂ふべし。敢死の士も亦致すべし。况んや其の機発を握るをや、豈に窺ふべけんや。文政己卯夏、騰谷、矢部保惠叙す。
現代語訳
世の道を縦横に整えるものは、ひとえに文と武です。文武を兼ね備えることを大徳といいます。大徳が世を救うさまは、縦糸と横糸が織物を成すようなもので、その働きは極めて大きいのです。ですから、どちらか一方を除いて治めることはできません。昔、山鹿素行先生は、平穏で憂いのない時代にあって、兵法の妙用を深く説き広め、攻め守り防ぎ撃つ法を尽くされました。その教え方は文を先とするもので、決して勇に偏った者ではありません。わが国の兵法家と言うべきです。著書は非常に多く、その中に『武教小学』があり、武門に入る者の最初の家庭教育の書とされています。今ここに、その門下の高弟であるわが友、高林力行が、先師の著した『武教小学』の趣旨を述べて一冊の小冊子にまとめ、『武家小学』と名づけました。私が冊子を開いて見ると、国字で意味を通じさせ、子どもたちの学びに便利にしてあります。その教えの立て方は、親のもとでの朝夕の安否伺いから、人との交わりや出入りに至るまで、初学者が心得るべきことを、ねんごろに導き尽くしています。まるで家の父や兄が幼い子を諭すようです。その心は、こうしなければ大きな家を建てる土台がなくなってしまう、というものでしょう。業を成す土台が備わっていることです。その言葉づかいは温厚で、おのずから兵士を愛し養うことの下地を育てます。これも恵みを蓄える術に、もとから備えがあるということです。そのうえ力行の人柄は謙虚で譲り合いを心得、実践して前へ進むことのできる人です。ですから軍事の見識にも自然と適い、すぐれた趣旨がおのずと蓄えられています。だから子どもや初学者を教え育てることが、このように手厚いのです。先師の忠臣、弟子たちの慈父と言うべきでしょう。命を惜しまない士も育て上げられます。まして、その勝敗の機を握ることなど、どうして私ごときに窺い知れましょうか。文政己卯の夏、騰谷、矢部保惠が序を記しました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武家小学』・和解の由来郷者に素行軒山鹿先生武敎小學を著して、武敎の垂戒既に明也、然ども後生其門に入て學ざれば書を得て敎を受るに由なし、今也予武敎小學の旨趣を國字になして童蒙の見に便あらしむ、仍て武家小學と題す、聊武家蒙求の一助とならん事を希のみ、然れども予素より不學の身なれば、爭か先師の至意を爰に全く述る事を得ん哉、只鄙情得る所直ちに是を述るのみ、讀者其詞の陋を以て誹て弃る事なかれと、爾云、文政己卯春 後學 高林(高階)政明謹識
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『武教小学』序大農・大工・大商は天下の三宝たり。士は農工商の業無くして、三民の長たる所以の者は、他無し。能く身を修め心を正して、国を治め天下を平らかにするなり。然れども世遠く人亡び、郷に善俗無く、世に誠教に乏し。故に或いは短衣蓬跣にして、怒臂按剣を以て俗と為し、或いは深衣服に非ずして、記誦詩章を以て教えと為す。其の過不及甚だ歎息すべきかな。有宋の晦菴小学を述作し、人生八歳より十四歳に迨ぶまで、教うるに灑掃応対進退の節、親を愛し長を敬い親友の倫を以てし、且つ嘉言善行を以て終篇と為す。其の功偉なるかな盛んなるかな。然れども俗殊に時変じ、倭俗の士、用うる所尤も泥着す。則ち闔国に居りて、異域の俗を慕い、或いは礼義を学びて異風を用い、或いは祭礼を為して異様を用う。皆是れ理を究めざるの誤りなり。学者は格物致知を為して、異国の俗に効うを為すに非ざるなり。況んや士為るの道、其の俗殆ど異俗を用うるに足らんや。之を幼穉の時に習い、其の習いと智と長じ、化と心と成らんと欲する事は、誠に先聖の実なり。山鹿先生武教の垂戒、其の教え甚だ明らかなり。先生の門に於いて、士の道を学ばんと欲する者は、必ず此の教えを以て戒めと為さん。其の志何ぞ放逸ならんや。生知の質、上品の士は、外様何ぞ習うに足らんや。然れども俗残い教え弛めば、則ち自ら異端に陥溺する者は、人心の危うきなり。士は君の禄を食み、民の長たり。而して其の形、其の行、其の知正しからざれば、則ち天の賊民なり。尤も汚辱すべきの至りなり。此の一篇輯録して梓録を為す者は、殆ど先生の志に非ず。門弟子等窃かに蒐集し、扁題して武教小学と号す。士の浮靡蒙童、敬みて此の教えを受くる者は、志士仁人の一助と為らんか。玩味して忽せにする勿かれ。明暦丙申八月、門弟子等謹んで序題す。
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『武教講録』・武敎小學序・士道と国体を幼い頃から心がける此序の大主意を能々呑込給へ、是にて士道も國體も其梗槩を得べし、先づ士道と云は、無禮無法粗暴狂悖の偏武にても濟まず、記誦詞章浮華文柔の偏文にても濟まず、眞武眞文を學び、身を修心を正ふして、國を治め天下を平にすると、是士道也、國體と云は、神州は神州の體あり、異國は異國の體あり、異國の書を讀めば兎角異國の事のみを善と思ひ、我國をば却て賤みて異國を羨む樣に成行くと、學者の通患にて、是神州の體は異國の體と異なる譯を知らぬ故也、故に晦菴の小學にて、前に云士道は大氏知れたれども、是は唐人の作りたる書ゆへ、國體を辨ぜずして遽かに讀むときは、同じく異國を羨み我國體を失ふ樣に成行くとを免がれざるを、先師深く慮り給ふ、是武敎小學を作る所以也、是を以て國體を考ふべし、扨其士道國體は甚切要の事なれば、幼年の時より心掛させ工夫さすべきと、是小學の本意にて、詰り志人仁人と成る樣にとの敎誡なり、是此序の大意、即ち此書の大意也、士無農工商之業而爲三民之長と云所へ深く工夫を凝し給へ、此意味孟子にも論じてあり、盡心上篇に云く、公孫丑曰、詩曰、不素餐兮、君子之不耕而食何也、孟子曰、君子居是國也、其君用之安富尊榮、其子弟從之則孝弟忠信、不素餐兮孰大於是、又云く、王子塾問曰、士何事、孟子曰、尙志、曰、何謂尙志、曰、仁義而已矣、と余曾て講孟餘話中に於て畧是を辨ず、又士は主將士へ係るとなるが、平士を以て治國平天下を任ずると過僭の樣に聞ゆれども、論語にも友于兄弟施於有政是亦爲政と云とあれば、一家と國天下と原是一串の事也、
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『武人訓抄録』・武の字義と本書への序凡そ士君子の道とする所は、能く己を修めて以て亂を戢め、易に居て以て難を制すれば、則ち往く所として至大至剛ならざる無し。且つ夫れ武の字たるや、干戈を止め、咸寧に歸するを以て義と爲す。豈に暴虎馮河の謂ならんや。世の武を講ずる者は、多く揣摩譎詐、人を致して人に致されざるを以て、此の學の樞要と爲す。奚ぞ神武の運用發揚方無くして、多々益々辨じ、斯の道を轉々するを知るに足らんや。然れども其の敎へたるや、德に仁義忠信に據り、藝に刺擊射騎に游ぶに過ぎざるのみ。蓋し其の至るに及びては、古の所謂聰明睿智にして殺さざる者、其れ亦庶幾からんか。村井氏の此の書を編むや、雜兵家者流を超ゆること、何ぞ啻に倍蓰のみならんや。顧みるに夫れ吾が秀眞英靈の鍾まる所、風敎萬方に大いに殊なり。越に純粹精銳の道を以てし、斯の民をして忠に克く孝に克くして時義に嚮はざる莫からしめば、則ち人を致して人に致されずといふ者は、又何ぞ道ふに足らんや。嗚呼、彼の剽襲を事とする者は、碱砆を以て和璧に混じ、囁々焉として之を詭秘す。今は古に邁ぎ、故に天錫の神武を僭して躬ら太阿の鋒を鈍くする者多し。嘗て竊かに此の編の指を觀るに、固より神武に臻るの棧梯なり。斯に從事する者は、尚くは其れ勉めよ。僕は未だ其の門牆を瞰ず、浪りに固陋の心を叩き、將た復た愧報に勝へず。豈に敢て之を序すと云はんや。豈に敢て之を序すと云はんや。
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『武家小学』・師を敬い書を尊ぶ一偖人には氣稟の異あり。故に其氣の輕重淸濁の品々を考て。夫ゝに習すべし。詞も通じ物事合點の行程に至らば。師を選び朋友を考て。人品の下に至らざるどくに育べし。師弟の相接りは尤敬恭すべし。稽古惰弱にて學ぶ所實なければ敎を受て益なき也。經書武冊等は汚たる座席には假にも置べからず。是書冊を貴ぶ計にはあらず道を尊ぶが故也。手洗ひ口漱て書を披見べし。師を貴ぶ事父兄のどくすべし。師は我を導て道と義とに至らしめ。五倫を朋かに知らしむる。其恩情は至て厚し。故に忽にすべからず。况士として兵書又は武の事を輕ずるは志士にあらず。
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『武教講録』・惣目錄・博から約へ約から博へ至る学び方此一篇は小學の終篇とすべし、別に一卷と思ふとなかれ、其證は自序に門人等所輯錄武敎小學、始著其敎戒、終次其序品と云にて知るべし、敎戒は即上の十篇也、(夙起夜寐より、子孫敎戒まで、)序品は即ち此篇なり、素水の刻本に子孫敎戒の末に武敎小學終とあるは非なり、吾家の藏本に此五字なきを善とす、若し强て此五字を置んと欲せば、惣目錄の末に移すべし、抑惣目錄を以て武敎の大綱、及び先師の學則を窺ふべし、窃かに按ずるに、先師の學は博より約に入る者にして、其學則に至ては約より博に達する如くしたる者なり、學者博約の際に於て得るとあれば、左右原に逢ふ何の疑かあらん、先づ先師の博を知らんとならば一部の語類を讀ても知るべし、而して、其約は乃ち聖敎要錄にあり、是經術の博約を云、其兵法に於るを見んとならば、末書結要本雌鑑雄鑑用法より漢土諸家の說を約し、雄備集となし、武敎要錄となし、更に約して武敎全書となす、然ども、學者尙其約を知らざらんとを恐れて、門下の諸子乃ち惣目錄を編する也、若し夫れ全書中編々自ら博あり約あり、而して、其最も約なるは、全部の歸宿は序段の謀畧、智畧、計策、戰法、の三戰にある是也、是を以て先師の學則を知るべし、學者荷も全部を精究し、然る後孫吳尉李の書に及び、又和漢古今の典籍を博覽し、本末を尋ね、源流を窮る時は、經史子集幾萬卷の書、皆全書八卷の註脚にして、即ち謀智計三戰の註脚となり、更に約して吾方寸の外に出るとなきを知らん、是を學の極功とす、余素より此見を持す、嘉永戊申歲明倫館再興の時諸學藝皆等級の次第を定め試業に便すべきの旨あり、就中、兵學は一騎前將略等を以て是を分つべしとのと也、余乃ち四等を定む、初等は幼童句讀の科なり、

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