武家家訓集 / 上杉鷹山家訓なせばなる
なせばなる、なさねばならぬ、何事も、ならぬは、人のなさぬなりけり、
書き下し
なせばなる、なさねばならぬ、何事も、ならぬは、人のなさぬなりけり、
現代語訳
やればできる、やらなければできない。何事も、できないというのは、人がやらないからなのだ。
解説
上杉鷹山の作と伝わる有名な歌で、ここでは家訓の結びに置かれています。上の句は「なせばなる、なさねばならぬ」、下の句は「何事もならぬは人のなさぬなりけり」です。できるかどうかを能力や環境のせいにせず、行動したかどうかに戻して考える言葉です。ここでは伝国の辞とともに次期藩主に伝えられたとされ、為政者の心構えとして読まれてきました。現代の組織では、できない理由を挙げる前に、まず小さく着手したかを問う言葉になります。小さな一歩を積むほうが、議論を重ねるより結果に近づきます。
この章句が説くこと
なせばなる行動着手上杉鷹山責任武家家訓集
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論語・為政篇子貢君子を問う。子曰く、先ず其の言を行い、而る後に之に従う。
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人物志・八觀危急を睹て則ち惻隠し、将に赴きて救わんとして則ち患いを畏るるは、是れ仁にして恤まざる者なり。
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