武家家訓集 / 黒田如水教諭文武は車の両輪
文武は車の兩輪の如く一もかけてはかなひがたきよし古人もいへり、勿論治世には文を用ひ亂世には武をもつて治るとはあり、去ながら治世に武を忘れず、亂世には文拾ざるが尤肝要たるべし、世治りたり其大將たる人武を忘るゝ時は第一軍法すたり家中の諸士もおのづから心柔弱に成て、武道のたしなみなく武藝も怠り武具等も不足し持たる武具は塵に埋れ、鎗の柄は虫の柄となり、鐵砲はさびくさりて俄なる用に立ず、かく
新字:文武は車の両輪の如く一もかけてはかなひがたきよし古人もいへり、勿論治世には文を用ひ乱世には武をもつて治るとはあり、去ながら治世に武を忘れず、乱世には文拾ざるが尤肝要たるべし、世治りたり其大将たる人武を忘るゝ時は第一軍法すたり家中の諸士もおのづから心柔弱に成て、武道のたしなみなく武芸も怠り武具等も不足し持たる武具は塵に埋れ、鎗の柄は虫の柄となり、鉄砲はさびくさりて俄なる用に立ず、かく
書き下し
文武は車の兩輪の如く一もかけてはかなひがたきよし古人もいへり、勿論治世には文を用ひ亂世には武をもつて治るとはあり、去ながら治世に武を忘れず、亂世には文拾ざるが尤肝要たるべし、世治りたり其大將たる人武を忘るゝ時は第一軍法すたり家中の諸士もおのづから心柔弱に成て、武道のたしなみなく武藝も怠り武具等も不足し持たる武具は塵に埋れ、鎗の柄は虫の柄となり、鐵砲はさびくさりて俄なる用に立ず、かく
現代語訳
文武は車の両輪のようなもので、どちらか一つが欠けても成り立たないと、古人も言っています。もちろん、治世には文を用い、乱世には武で治めるとは言いますが、そうは言っても、治世にも武を忘れず、乱世にも文を捨てないことが最も肝要です。世が治まったとき、その大将たる人が武を忘れると、第一に軍法が廃れ、家中の諸士も自然と心が柔弱になって、武道のたしなみがなくなり、武芸も怠り、武具も不足し、持っている武具は塵に埋もれ、槍の柄は虫がつき、鉄砲は錆びて腐り、急な用に立ちません。かく……(底本はここで文が途切れています)。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『春秋左氏伝』宣公十二年 士季、備えを説く楚の潘黨之を逐ひ、熒澤に及ぶ。六麋を見て、一麋を射て以て顧みて獻じて、曰く、「子に軍事有り、獸人乃ち鮮を給せざること無からんや。敢へて從者に獻ず」と。叔黨命じて之を去らしむ。趙旃卿を求めて未だ得ず、且つ楚の師を致す者を失へるを怒り、戰ひを挑まんことを請ふ、許さず。盟を召かんことを請ふ、之を許す。魏錡と皆命ぜられて往く。郤獻子曰く、「二憾往けり、備へずんば必ず敗れん」と。彘子曰く、「鄭人戰ひを勸むれども、敢へて從はざるなり。楚人成を求むれども、好みすること能はざるなり。師に成命無し、多く備へて何をか為さん」と。士季曰く、「之に備ふるは善し。若し二子楚を怒らせ、楚人我に乘ぜば、師を喪ふこと日無からん。之に備ふるに如かず。楚の惡無くんば、備へを除きて盟はん、何ぞ好みを損せん。若し惡を以て來らば、備へ有れば敗れず。且つ諸侯相見ゆと雖も、軍衛徹せざるは、警めなり」と。彘子可かず。士季鞏朔・韓穿をして七覆を敖の前に帥ゐしむ、故に上軍敗れず。
-
言志四録・言志後録 第百八十一条 凶歉に予め備ふ五穀の豊歉も、亦大抵数有り。三十年前後に必ず小饑荒有り、六十年前後に必ず大凶歉有り。較遅速有りと雖も、竟に免るる能はず。之が為に予め備へざるべけんや。(癸巳春季筆す)
-
『墨子』七患故に食に備粟無ければ、以て凶饑を待つ可からず。庫に備兵無ければ、義有りと雖も、無義を征する能わず。城郭、備え全からざれば、以て自ら守る可からず。心に備慮無ければ、以て卒に應ずる可からず。是の故に慶忌は之を去るの心無くんば、輕々しく出づる能わず。夫れ桀に湯を待つの備無し、故に放たる。紂に武王を待つの備無し、故に殺さる。桀紂は貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。然れども皆な百里の君に滅亡せらるるは、何ぞや。富貴有りて備えを為さざればなり。故に備えなる者は、國の重んずる所なり。
-
説苑・建本豊牆磽下は未だ必ずしも崩れざるも、流行潦至れば、壊るること必ず先んず。樹の本浅く、根垓深からざるは、未だ必ずしも橛れざるも、飄風起こり暴雨至れば、抜けること必ず先んず。君子是の国に居りて、仁義を崇めず賢臣を尊ばざるも、未だ必ずしも亡びざるも、然れども一旦非常の変有らば、車馳せ人走り、指して禍至れば、乃ち始めて喉を干し唇を燋がし、天を仰ぎて歎じ、庶幾わくは天其れ之を救わんと、亦難からずや。孔子曰わく、「其の前を慎まずして其の後を悔ゆれば、悔ゆると雖も及ぶ無し」と。詩に曰わく、「其れ啜りて泣く、何ぞ嗟くも及ばん」と。本を先に正さずして末に憂いを成すを言うなり。
-
『春秋左氏伝』昭公五年 晋、備えを失はず朝聘に珪有り、享覜に璋有り。小は述職有り、大は巡功有り。机を設けて倚らず、爵盈ちて飲まず。宴に好貨有り、飧に陪鼎有り。入るに郊勞有り、出づるに贈賄有り。禮の至りなり。國家の敗るるは、之が道を失へばなり。則ち禍亂興る。城濮の役、晉楚の備へ無くして、以て邲に敗る。邲の役、楚晉の備へ無くして、以て鄢に敗る。鄢より以來、晉備へを失はず、而して之に加ふるに禮を以てし、之を重ぬるに睦を以てす。是を以て楚報ゆる能はずして、親しみを求む。既に姻親を獲て、又之を恥づかしめんと欲し、以て寇讎を召く。之に備ふること若何。誰か其れ此を重んぜん。若し其の人有らば、之を恥づかしむるも可なり。若し其れ未だ有らずんば、君亦た之を圖れ。晉の君に事ふる、臣は可なりと曰はん。諸侯を求むれば麇(むら)がり至り、昏を求むれば女を薦む。君親ら之を送り、上卿及び上大夫之を致す。猶ほ之を恥づかしめんと欲す、君其れ亦た備へ有らん。然らずんば奈何せん。韓起の下に、趙成・中行吳・魏舒・范鞅・知盈有り。羊舌肸の下に、
-
『春秋左氏伝』成公九年 備へ無きかな冬十一月、楚の子重陳より莒を伐ち、渠丘を圍む。渠丘城惡し。眾潰えて、莒に奔る。戊申、楚渠丘に入る。莒人楚の公子平を囚ふ。楚人曰く、「殺す勿かれ。吾而の俘を歸さん」と。莒人之を殺す。楚の師莒を圍む。莒の城も亦た惡し。庚申、莒潰ゆ。楚遂に鄆に入る。莒備へ無きが故なり。君子曰く、「陋を恃みて備へざるは、罪の大なる者なり。不虞に備豫するは、善の大なる者なり。莒其の陋を恃みて、城郭を脩めず。浹辰の間にして、楚其の三都に克つ。備へ無きかな。詩に曰く、『絲麻有りと雖も、菅蒯を棄つる無かれ。姬姜有りと雖も、蕉萃を棄つる無かれ。凡百の君子、匱しきに代はらざる莫し』と。備への以て已むべからざるを言ふなり」と。秦人・白狄晉を伐つ。諸侯貳するが故なり。鄭人許を圍む。晉に君を急がざるを示すなり。是れ則ち公孫申之を謀りて曰く、「我師を出だして以て許を圍み、將に君を改め立てんとする者の為にして、而して晉の使を紓べば、晉必ず君を歸さん」と。中城に城く。時を書するなり。十二月、楚子公子辰をして晉に如かしむ。鍾儀の使に報い、好を修め成を結ばんことを請ふ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る